Runaway Love
 アパートに着くと、大きく息を吐く。
 疲れが溜まっていると感じるのは、やはり、慣れないからか。
 あたしは、カバンを置くと、そのままベッドに身体を投げた。

 ――本当に、良い人達ばかりだ。

 少なくとも、これまでに会った人達は、全員、本社のピリピリした空気とは、全然違う。
 辞める時には、罪悪感に苛まれそうだ。

 ――……でも、条件付きだとわかっているはず。

 お盆休みまで、あと十日程。
 それまでに、あたしの意思が変わるとは思えない。

 ――……次の職、探そうか。

 この際、職種なんて、何だって良い。
 ――……何なら、もう、違う場所に逃げていきたいくらいなんだから。

「……そしたら……アンタは、追いかけてくるのかしらね……」

 昨夜の岡くんを思い出して、あたしは無意識に苦笑いを浮かべる。

 早く、あたしのコトなんか、見切ってしまえばいいのに。
 アンタには、アンタを大事にしてくれる女性が、いくらでもいるはず。

 すると、チャイムが鳴り響き、反射で飛び起きる。

 ――……まさか、来た訳じゃないでしょうね⁉

 恐る恐る、ドアスコープに目をあてると、あたしは、息を吐いた。
 そして、ドアを開けると、

「――すみません、来ちゃって。……大丈夫ですか?」

 申し訳無さそうに、野口くんが立っていた。

「――……え、ええ、大丈夫よ。……どうかしたの?」

 あたしは、彼を中に入れ、ドアを閉める。
 すると、いつもよりも強い力で抱き寄せられた。
「――どうしたの……?」

「――……会いたかっただけです」

 耳元でささやかれ、そのまますぐに、口づけられる。
 その言葉に、相当、消耗しているのがわかってしまい、徐々に激しくなっていくキスに、抵抗はできなかった。

 玄関先で、しばらく抱き合ってキスを交わすと、野口くんは、ようやくあたしを離してくれた。
「……大丈夫……?」
 あたしが、彼を見上げて、それだけ尋ねると、苦笑いで返された。
「……受付の人――篠塚さん、でしたっけ。茉奈さんが、いなくなったら、急にまとわりついてくるようになって……朝も帰りも、待ち伏せされて……」
「え」
「逃げ切れなくて、一旦、経理部に戻って、大野代理についてきてもらったくらいです」
「そ、それは……大変だったわね……」
 あたしは、野口くんを座らせると、キッチンに向かう。
「ご飯食べる?あたし、これからなんだけど」
「――あ、ハ、ハイ。手伝います」
「良いわよ、疲れてるんだから」
 立ち上がろうとする彼を制止し、エプロンをつけながら、冷蔵庫に視線を移す。
 昨日の作り置きは、今日のお昼に使ったから、冷凍した方を出そうか。
 そんな事を思っていると、野口くんが、隣に来る。
「――疲れてるのは、茉奈さんも一緒でしょう」
「……ありがと。……じゃあ、味噌汁だけでも、一緒に作る?」
 あんまり遠慮すると、拒絶と取られかねない。
 あたしは、最大限譲って、そう提案した。
「ハイ」
 野口くんは、Yシャツの袖をまくると、手を洗い、恐る恐る包丁を握る。
 具は、長ネギと豆腐。
 初心者でも、大丈夫そうだろう。
「じゃあ、長ネギ、このくらいで切って」
「ハ、ハイ」
 あたしが指さした辺りに、野口くんは、ゆっくりと包丁を入れる。
 ザクリ、と、音がし、それだけで息を吐いてしまう。
 お互いに顔を見合わせ、苦笑いだ。
「次は、どうしたら」
「そうね。先に――」
 ちょっとした料理教室のように、二人で一緒に作っていくのは、何だか楽しかった。
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