Runaway Love
「――あの、週末、会えますか」
 帰り際、野口くんは、遠慮がちに尋ねる。
 あたしは、うなづきかけたが、首を振った。
「……ごめんなさい。実家の母親の様子、見に行ってないから、行かないと。妹も、つわりで体調悪いみたいだし」
「そうですか。――わかりました」
「ご、ごめんなさい」
 少しだけ落ち込んだような口調に、あたしはあせる。
「何がですか?ご家族が大変なんですから、行ってあげてくださいよ」
 苦笑いしながら、あたしの髪を撫でると、野口くんは、耳元で囁いた。

「――オレは、ちゃんと、待てますから」

 ビクリ、と、反応を返してしまう、あたしを抱き寄せると、軽く耳を噛む。

「きゃっ……んっ……!」

「可愛いです」

 そして、カットソーの襟を少し下げると、鎖骨の辺りにに強く吸いついた。

「やぁ……っ……ん!ダメ……っ……」

 制止するのも聞かず、顔をうずめて何回も何回も痕をつけるように吸い付くと、野口くんは、満足そうに離れた。
 あたしは、上気している顔を見られたくなくて、顔を背けようとするが、それは彼の言葉で遮られる。

「キレイにつきましたよ。――これで、虫よけできますね」

 一瞬、その言葉にキョトンとしてしまうが、まさかと思い、彼を見上げた。

「ちょっ……見えるの⁉」

 慌てるあたしに、野口くんは、楽しそうに返す。
「見えませんよ。――ただ、同じ事をしようとすれば、見えますけど」
「――もう!」
 半分本気でにらみ上げるが、キスでなし崩しにされる。
「キリがないですね――帰ります。おやすみなさい、茉奈さん」
「――……お、おや……すみ、なさい」
「また噛みましたね」
「おやすみなさい!」
 笑いながらドアを閉める野口くんは、どうやら、落ち着いてくれたようだ。
 あたしは、一安心して鍵をかけると、襟を引いて先程の痕を確認する。
 けれど、うつむいても見られないので、洗面所に行き、鏡を見ると、鎖骨と両胸の間に数えきれない程の赤。

「――……もうっ……!」

 恥ずかしくて直視できなくなり、あたしは、すぐに襟を戻した。

 ――……こんなの、誰かに見られたら……。

 ふと、脳裏に浮かんだのは、岡くんの真っ直ぐな視線。
 あたしは、急いで首を振って、それを消した。
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