Runaway Love
42
週末くらいになると、それでも、仕事に少しずつは慣れてきて、ようやく、大野さんから頼まれていた請求書の作成に取り掛かる事ができた。
工場には、一日午前と午後の二回、本社からの連絡書類や配達物が届く便が来るのだ。
そして、それには、こちらからの物も乗せる事ができる。
その中に、経理部からの書類が入っていて、来週末――お盆休みに入る前までに、と、メモがついていた。
――これが……あたしの、最後の仕事かな……。
自嘲気味に笑みを浮かべ、あたしは、書類の束に目を通す。
すると、その中に、星野商店の名前があり、反射的に手がビクリと震えた。
バサリ、と、紙が落ちる音。
それが耳に届き、ようやく、自分が書類を落としていた事に気がついた。
「――あ」
思わず声を出してしまったが、今、事務所には、あたし一人。
大体、朝に一時間程、工場長と副工場長がいろいろと作業報告や、何やらを話しながら済ませ引き継ぎを終えると、もうほとんど出っぱなしだ。
一人で、淡々と作業ができるのはありがたい。
――余計な事を考えないで済むから。
あたしは、書類を拾うと、気を取り直し、作業に取り掛かる。
その日にできたものは、さっそく、送信できた。
一応、不安を隠さないあたしの為に、やり方のメモがつけてあり、その通りにしたらできたので一安心だ。
そして、机の固定電話の受話器を上げると、本社にかける。
経理部直通電話の番号は、頭に入っている。
『――お電話ありがとうございます。オオムラ食品工業経理部、大野です』
よそ行きの口調だが、聞こえてきた大野さんの声に、妙に安心する。
やはり、ここはホームでは無いのだ。
「あ、お疲れ様です。杉崎です」
『おう、今、届いたぞ。ちゃんと、できてるじゃねぇの。これなら、大丈夫だろ』
「なら良いんですが……」
大野さんは、あっさりといつもの調子に戻り、思わず苦笑いした。
『――で、そっちはどうだ?』
「……皆さん、良い方達ばかりです。仕事も、少しずつ慣れてきました」
『……そうか。……まあ、期限までは、良く考えろよ』
それが、何かは言わない。
「――……ハイ」
あたしは、受話器を持ったままうなづく。
そして、電話を切ると、大きく息を吐いた。
――……周りの人達の優しさが、痛くて――胸がきしんだ。
平和と言えるかどうかは不明だが、とにかく一週目は終了だ。
あたしは、帰りのバスに乗りながら、窓の外をぼうっと眺める。
次第に、こうやって、頭の中を空っぽにできる、この時間が好きになった。
――あまりに、考える事が多すぎて……仕事もプライベートも、パンクしそうだから。
すると、聞き慣れた停留所がアナウンスされたので、あたしは、停車ボタンを押す。
今日は、どうやら、あたし一人のようだ。
少しだけ停まる時に重力を感じたので、やり過ごしてから、立ち上がる。
そして、定期を運転手に見せて、ステップを降りた。
あたしをバス停に残し、バスはそのまま走り去る。
それを見送り、アパートへと足を進め部屋に入った途端、玄関先に座り込んでしまった。
先輩の勤務先が視界に入っただけで、動揺を隠せないなんて――……。
自分の弱さが、ほとほと嫌になる。
けれど、もう、この棘と一生付き合うしかないのだろう――。
工場には、一日午前と午後の二回、本社からの連絡書類や配達物が届く便が来るのだ。
そして、それには、こちらからの物も乗せる事ができる。
その中に、経理部からの書類が入っていて、来週末――お盆休みに入る前までに、と、メモがついていた。
――これが……あたしの、最後の仕事かな……。
自嘲気味に笑みを浮かべ、あたしは、書類の束に目を通す。
すると、その中に、星野商店の名前があり、反射的に手がビクリと震えた。
バサリ、と、紙が落ちる音。
それが耳に届き、ようやく、自分が書類を落としていた事に気がついた。
「――あ」
思わず声を出してしまったが、今、事務所には、あたし一人。
大体、朝に一時間程、工場長と副工場長がいろいろと作業報告や、何やらを話しながら済ませ引き継ぎを終えると、もうほとんど出っぱなしだ。
一人で、淡々と作業ができるのはありがたい。
――余計な事を考えないで済むから。
あたしは、書類を拾うと、気を取り直し、作業に取り掛かる。
その日にできたものは、さっそく、送信できた。
一応、不安を隠さないあたしの為に、やり方のメモがつけてあり、その通りにしたらできたので一安心だ。
そして、机の固定電話の受話器を上げると、本社にかける。
経理部直通電話の番号は、頭に入っている。
『――お電話ありがとうございます。オオムラ食品工業経理部、大野です』
よそ行きの口調だが、聞こえてきた大野さんの声に、妙に安心する。
やはり、ここはホームでは無いのだ。
「あ、お疲れ様です。杉崎です」
『おう、今、届いたぞ。ちゃんと、できてるじゃねぇの。これなら、大丈夫だろ』
「なら良いんですが……」
大野さんは、あっさりといつもの調子に戻り、思わず苦笑いした。
『――で、そっちはどうだ?』
「……皆さん、良い方達ばかりです。仕事も、少しずつ慣れてきました」
『……そうか。……まあ、期限までは、良く考えろよ』
それが、何かは言わない。
「――……ハイ」
あたしは、受話器を持ったままうなづく。
そして、電話を切ると、大きく息を吐いた。
――……周りの人達の優しさが、痛くて――胸がきしんだ。
平和と言えるかどうかは不明だが、とにかく一週目は終了だ。
あたしは、帰りのバスに乗りながら、窓の外をぼうっと眺める。
次第に、こうやって、頭の中を空っぽにできる、この時間が好きになった。
――あまりに、考える事が多すぎて……仕事もプライベートも、パンクしそうだから。
すると、聞き慣れた停留所がアナウンスされたので、あたしは、停車ボタンを押す。
今日は、どうやら、あたし一人のようだ。
少しだけ停まる時に重力を感じたので、やり過ごしてから、立ち上がる。
そして、定期を運転手に見せて、ステップを降りた。
あたしをバス停に残し、バスはそのまま走り去る。
それを見送り、アパートへと足を進め部屋に入った途端、玄関先に座り込んでしまった。
先輩の勤務先が視界に入っただけで、動揺を隠せないなんて――……。
自分の弱さが、ほとほと嫌になる。
けれど、もう、この棘と一生付き合うしかないのだろう――。