Runaway Love
 土曜日、先に洗濯や掃除を片付けると、午後から実家に向かった。
 一応、帰る事は連絡してあるので、大丈夫だろう。
 奈津美は、退院してから、すぐに引っ越したのだろうか。
 忙しいのか、これまで、あたしには何の連絡も無い。
 タクシーが店の前に停車すると、あたしは、精算を終え、軽く挨拶を交わす。
 もう、随分とお世話になっているところなので、顔見知りの人も多い。
 今日は、店にも来ている人なので、母さんにお大事に、と、伝えてくれと言われた。
 あたしは、お礼を言ってうなづき、車を降りると、すぐに裏へ入って家の玄関を開ける。

「――ただいま。……母さん、いるの?」

 珍しく静かな家の中に、一瞬、怯む。
 ――何かあった訳じゃないわよね。
 すると、店の裏口が開き、母さんが顔を出した。
「あら、お帰り。早かったわね」
「……お帰り、じゃ、ないわよ。なにウロウロしてんのよ」
「いや、そろそろ、店を開ける準備しないとだからねぇ」
 あたしは、その言葉に目を見開く。
「は⁉医者はOK出したの⁉」
「医者なんて、もう、行ってないわよ。痛くなったら来なさいって、言われたんだから」
「……だからって……」
 正味、一か月程で、再開できるのか。
 あたしが眉を寄せると、母さんは、あっけらかんと笑った。
「大丈夫よぉ!最初のうちは、お昼だけの営業にするし。奈津美も手伝うって言ってくれてるから」
「その奈津美は、具合大丈夫なの?」
「ああ、今は、アパートで大人しくしてるわよ。もう少ししたら、安定期入るし。そしたら、むしろ、ほどほどに動いた方が良いからさ」
 テンションが高いまま言う母さんに、あたしは口を閉じる。
 二人の間で決まった事だ。
 あたしには、何も言えない。
「……で、店の片付けでもしてるの」
「まあね。少しずつだけどさ」
「――何か手伝う?」
「じゃあ、ちょっと大掃除でもしようかしらね」
「……ここぞとばかりに……」
 調子に乗ってきた母さんに、あたしは、あきれ顔でうなづいた。

 それから、日が暮れるまで、店の隅々まで掃除をしていたが、たった半日で終わるはずもなく。
 キリの良いところで終了となった。
「アンタ、夕飯、どうするのよ」
「……母さんこそ、作る気力無いでしょ。何か簡単なもの、作るわよ」
 あたしが、そう返すと、母さんはニコニコと笑いながら首を振る。
「今日は、せっかくだし、食べに行かないかい」
「――え」
 その誘いに、目を丸くする。
 今まで、外食など、年に一回あるか無いかだったのに。
「アタシがおごるからさ」
「……別に、自分の分くらい払うわよ。……じゃあ、タクシー呼ぶから」
「頼んだよ。三十分くらいしたら来てもらって」
 あたしは、うなづくとスマホで、いつものタクシー会社に電話をかけた。
「でも、母さん、どこの店に行く気よ」
「ああ、お世話になったお礼がてら、”けやき”さんに行こうかと思ってさ」
 瞬間、息をのむ。
 ――……それは……かなり、マズい……。
 けれど、久し振りの外食にウキウキしている母さんを、止める事もできず。
 やってきたタクシーに、あたしは、どんよりしながら乗り込んだのだった。
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