Runaway Love
 ついこの前来た時も、かなり混んでいたが、週末の夜、店の入り口にある待合用のソファは既に満員。
 何なら、外にまで行列ができている。

「あらぁー、すごい混みようだね」

「ねえ、さすがに待てないでしょ。別のところ行かない?」

 あたしは、さりげなくうながすが、母さんは首を振る。
「このくらい、どうって事無いでしょうが。有名店なんだから、待つのも醍醐味ってヤツだよ」
「訳のわからない理屈こねないでよ」
 母さんは、渋るあたしをよそに、行列の最後尾についた。
 ちょうど、待合用のソファに座っている人達が立ち上がったので、大体五組くらいだ。
 入り口に、記入表があったので、あたしは仕方なく名前を書きに行き、顔を上げて――固まった。

 ちょうど、テーブルを片付けていた岡くんと、ガラス越しに目が合う。

 ひゅ、と、息を吸って――吐けない。

 ――……何で……。

 そう思ったが、彼もバイトで入っているのだろう。
 あたしは、どうにか無理矢理に息を吐くと、平静を装って母さんのところに戻った。
「……ちょっと、茉奈?顔色、悪くないかい?」
「……だ、大丈夫……」
 のぞき込んでくる母さんから、顔を背ける。
 けれど、心臓は、苦しくなる程の速度で鳴り続けている。

 ――……いい加減、収まってよ。

 自分の身体なのに、思うようにいかないのは何でだろう。

 ――けれど、理由は考えたくなかった。


 それから一時間近く待って、ようやく中に案内される。
「あら、将太くん、バイトだったの!」
「――いらっしゃいませ」
 にこやかに返す岡くんは、あたしに視線を向ける。
「――茉奈さんも。……ゆっくりしていってください」
 あたしは、視線をそらし、かすかにうなづいた。
 ここで言い合いをする訳にもいかない。
 店の右手、二人掛けの席に案内され、母さんと向かい合って座る。
 置かれたメニューを手に取り開くと、一番最初に、オムライスの写真。
 歓迎会の時も、コレが注文されていた。
 ”けやき”の一番人気、との煽り文句。
 母さんは、迷わずオムライスのセットを頼み、あたしは、ビーフシチューにする。
「アンタ、オムライスにしなくていいのかい?」
 せっかくなのに、と、続ける母さんに、苦笑いで返す。
「――今週、ちょっと食べる機会があって。その時に、ここのテイクアウトでオムライス食べたのよ」
「あら、珍しい」
 何だか、恋愛関係にとらえられそうに感じ、あたしは、即座に補足した。
「……今、南工場に出向してて。パートの方達に、工場の食堂で歓迎会開いてもらったの」
「へえ。アンタ、結構役に立ってるんだねぇ」
 少しだけ浮かれた母親に、あたしは否定するのをやめる。
 事情を、どこまで話せばいいのか、わからないから。
 ごまかすように、水を口にし、店内をチラリと見回す。
 以前来た時に見た厨房は、遠くに見えた。
 そして、ホールを忙しく歩き回っている岡くんは、時折、客の女性達と談笑している。

 ――……ホラ、アンタだって、そうやって他の女性(ひと)と接する事ができるんじゃない。

 ……なら、あたしに執着しなくても、幸せになれるはず――。


「お待たせしました、オムライスのセットと、ビーフシチューです」


 そんな事を考えていると、不意に声をかけられ、顔を上げる。
「あらあら、美味しそうねぇ!ホラ、茉奈!」
「――え、ああ、そうね」
 ごまかすように、口元を上げると、視線を下げる。
 見えるのは、食欲をそそる良い香りのビーフシチューと、パン、サラダ。
 母さんの方には、オムライスとサラダ、スープだ。
「では、ごゆっくり」
 定型文を口にし、岡くんは、何事も無いように仕事に戻る。
 その後ろ姿を見やり、あたしの胸は少しだけ穴が開いたように感じてしまう。

 ――それが、さみしさ、というものだとは、認めたくなかった。
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