Runaway Love
さすがに、食事中にそんな事を考えるのも失礼なので、ひたすら、無心で食べていく。
作られたものに、罪は無い。
そして、そんな事も吹き飛ぶくらいに美味しいので、思わず笑みが浮かんでしまった。
「ちょっと、茉奈、一口ちょうだいよ」
「――ハイハイ」
あたしのビーフシチューをじっと見ながら、母さんが言うので、あきれ半分で皿を差し出す。
「アンタも食べて良いからさ」
「――だから、いいってば」
頑なに断れば、母さんは、あきれ顔であたしを見やる。
「何、遠慮してんのよ。まったく、妙なところで頑固なんだから、アンタは」
「いいから、食べるなら食べてよ」
「ハイハイ」
母さんは、すぐに上機嫌にスプーンですくい、口に入れる。
「あら、美味しい。次はこっち頼もうかねぇ」
「……勝手にしたら」
あたしは、戻された皿を受け取り、再び食べ進めた。
食後のコーヒーが運ばれ口をつけていると、不意に影ができ、視線を向ければコック帽をかぶった年配の男性。
「あら、岡さん」
「お世話様です。いらしてたのなら、声かけてくださいよ」
「いえいえ、お仕事のお邪魔はできませんから」
どうやら、岡くんのおじいさんのようだ。
”けやき”の創業者で、シェフ。
よく、地方雑誌やテレビに映っているのを見るが、本物は初めてだ。
「こちらは――」
「ああ、上の娘の茉奈です。先日はお目にかかれなかったみたいで」
「そうですか、すみませんでしたね」
あたしを見ながら、眉を下げるおじいさんは、どこか雰囲気が、岡くんと似ている。
「いえ、とんでもないです。――初めまして」
少しだけ緊張しながら、首を振って挨拶をすると、彼は、珍しそうにあたしの手元を見た。
「そういえば、ビーフシチューご注文でしたね」
「え、あ、ハイ」
「ウチ、初めてのお客様は、ほとんどがオムライスの注文なんで、珍しいと思いまして。以前、いらっしゃった事がありました?」
「――は、初めて、ですけど……」
「この娘、会社の方の歓迎会で、テイクアウトされたもの食べたみたいで。今日は、違うものを、ってコトだったんですよぉ」
あたしが言い淀んでいるそばから、母さんが割って入ってくる。
「ち、ちょっと、母さん」
「おや、じゃあ、南工場の――」
「え、あ、ハイ」
どうやら、記憶にあったようだ。
「そうでしたか。あちらには、頻繁にお世話になってるんで。今後とも、よろしくお願いいたしますね」
「ハ、ハイ」
ぎこちなくうなづくと、おじいさんは、軽く会釈して戻って行った。
穏やかなのに、妙な緊張感があるのは――後ろめたい事があるからなのか。
コーヒーを飲み終え、席を立つ。
レジに向おうとすると、スルリと、手に取ろうとした注文のバインダーが消えた。
「え」
「お帰りですね?」
「あ、え、ええ」
岡くんは、そのままレジに入ると、メニューと金額を読み上げて精算する。
母さんが払おうとすると、彼は、ニッコリと笑って言った。
「今日は、オレがおごりますよ」
「あら、やだ、悪いわよぉ」
驚く母さんに、岡くんは首を振り、返した。
「ケガの快気祝いってコトで。だいぶ良くなったんですね」
「そうそう。もうすぐ、店も開けられるから」
「それは、良かったです」
「じゃあ、今日はおごられるわね。今度、ウチに来たら、サービスするからさ」
お互いに笑い合うのを、横で待っているのは、何だか居心地が悪い。
店内の女性客の視線を感じるのは気のせいか。
「――母さん、行くわよ。駅でタクシー拾うから」
「ハイハイ。じゃあね、将太くん」
「――ありがとうございました」
あくまで、態度を変えない岡くんに、何故かいらついてしまう。
あたしは、彼を見ないまま、母さんを引きずるように店を後にしたのだった。
作られたものに、罪は無い。
そして、そんな事も吹き飛ぶくらいに美味しいので、思わず笑みが浮かんでしまった。
「ちょっと、茉奈、一口ちょうだいよ」
「――ハイハイ」
あたしのビーフシチューをじっと見ながら、母さんが言うので、あきれ半分で皿を差し出す。
「アンタも食べて良いからさ」
「――だから、いいってば」
頑なに断れば、母さんは、あきれ顔であたしを見やる。
「何、遠慮してんのよ。まったく、妙なところで頑固なんだから、アンタは」
「いいから、食べるなら食べてよ」
「ハイハイ」
母さんは、すぐに上機嫌にスプーンですくい、口に入れる。
「あら、美味しい。次はこっち頼もうかねぇ」
「……勝手にしたら」
あたしは、戻された皿を受け取り、再び食べ進めた。
食後のコーヒーが運ばれ口をつけていると、不意に影ができ、視線を向ければコック帽をかぶった年配の男性。
「あら、岡さん」
「お世話様です。いらしてたのなら、声かけてくださいよ」
「いえいえ、お仕事のお邪魔はできませんから」
どうやら、岡くんのおじいさんのようだ。
”けやき”の創業者で、シェフ。
よく、地方雑誌やテレビに映っているのを見るが、本物は初めてだ。
「こちらは――」
「ああ、上の娘の茉奈です。先日はお目にかかれなかったみたいで」
「そうですか、すみませんでしたね」
あたしを見ながら、眉を下げるおじいさんは、どこか雰囲気が、岡くんと似ている。
「いえ、とんでもないです。――初めまして」
少しだけ緊張しながら、首を振って挨拶をすると、彼は、珍しそうにあたしの手元を見た。
「そういえば、ビーフシチューご注文でしたね」
「え、あ、ハイ」
「ウチ、初めてのお客様は、ほとんどがオムライスの注文なんで、珍しいと思いまして。以前、いらっしゃった事がありました?」
「――は、初めて、ですけど……」
「この娘、会社の方の歓迎会で、テイクアウトされたもの食べたみたいで。今日は、違うものを、ってコトだったんですよぉ」
あたしが言い淀んでいるそばから、母さんが割って入ってくる。
「ち、ちょっと、母さん」
「おや、じゃあ、南工場の――」
「え、あ、ハイ」
どうやら、記憶にあったようだ。
「そうでしたか。あちらには、頻繁にお世話になってるんで。今後とも、よろしくお願いいたしますね」
「ハ、ハイ」
ぎこちなくうなづくと、おじいさんは、軽く会釈して戻って行った。
穏やかなのに、妙な緊張感があるのは――後ろめたい事があるからなのか。
コーヒーを飲み終え、席を立つ。
レジに向おうとすると、スルリと、手に取ろうとした注文のバインダーが消えた。
「え」
「お帰りですね?」
「あ、え、ええ」
岡くんは、そのままレジに入ると、メニューと金額を読み上げて精算する。
母さんが払おうとすると、彼は、ニッコリと笑って言った。
「今日は、オレがおごりますよ」
「あら、やだ、悪いわよぉ」
驚く母さんに、岡くんは首を振り、返した。
「ケガの快気祝いってコトで。だいぶ良くなったんですね」
「そうそう。もうすぐ、店も開けられるから」
「それは、良かったです」
「じゃあ、今日はおごられるわね。今度、ウチに来たら、サービスするからさ」
お互いに笑い合うのを、横で待っているのは、何だか居心地が悪い。
店内の女性客の視線を感じるのは気のせいか。
「――母さん、行くわよ。駅でタクシー拾うから」
「ハイハイ。じゃあね、将太くん」
「――ありがとうございました」
あくまで、態度を変えない岡くんに、何故かいらついてしまう。
あたしは、彼を見ないまま、母さんを引きずるように店を後にしたのだった。