Runaway Love
 しん、とした店の中、あたしは、鍵を開けて中に入る。
「……失礼します」
「どうぞ」
 そして、薄く日差しが入る中、電気のスイッチを入れた。
 若干のまぶしさに目を細め、そのまま中へ進む。
 母さんが、余計な気を回し、あたしに先に片付けているように言ったのだ。

 ――アタシは、まだ、こっちの片付けがあるからさ、アンタ、将太くんと先に掃除でもしててよ。

 その言葉に、素直にうなづけなかったが、来てくれた彼を放置するのも申し訳なくなり、結局、言われる通り、先に中に入ったのだ。

「――……悪かったわね。ウチの都合で」

 あたしは、そう、岡くんを見ずに言うと、レジの後ろにあるロッカーに片付けておいてある、掃除用具を取り出した。

「いえ、今日は、大学も休みだし、バイトも休んでいいって言われたので……」

 今までよりも他人行儀な口調に、ズキリと胸が痛む。
 けれど、あたしはそれを無視し、続けた。

「――まあ、助かるは助かるわ。……あたしも、大物動かすのはキツかったから」
「なら、来た甲斐もあります。そっちの積んであるテーブル、持ってきますか?」
「あ、ええ、そっちの床は昨日掃除したから」
 あたしがうなづくと、彼はさっそく、軽々とテーブルを持ち上げる。

 ――以前(まえ)も思ったけれど……見た目よりも、たくましいのよね、このコ。

 無意識に目で追ってしまい、目が合う。
 あわててそらすと、あたしは、厨房側のカウンターを拭き始めた。
「茉奈さん」
「――何」
「――……この前は、すみませんでした。……南工場のみなさん、良い人達なんですけど、若干、口が軽いっていうか……。オレと知り合いだって知られたら、また、面倒な事になるかと思って……思わず……」
 あたしは、肩越しに振り返る。
 次々にテーブルを置き、イスを並べながら言う岡くんの背中が視界に入る。
 彼が、どんな表情をしているのか、わからないのが、無性にさみしい。
 そんな気持ちを見ないように、あたしは、また、手元に視線を移して言った。

「――……今さらよ。……全部……」

 仮に、お互いに知り合いだとバレたところで、もう、あたしが辞める事に変わりはない。

 テーブルを動かす音が止むのに気がつき、振り返ると岡くんが、すぐ後ろに立っていた。
 あたしは、思わず距離を取ろうとするが、すぐ後ろはカウンターだ。
 逃げ場もなく、そのままカウンターへ伸ばされた、彼の両腕に囲まれた。

「――……すみません、やっぱり、無理です」

「……え?」

「……野口さんがいても、オレは、あなたを好きなんです」

 真っ直ぐに見つめられ、あたしは、動けない。
 視線がそらせない。 

 ――……何で、いつも、そんな事ばかり言って、困らせるのよ。

「……茉奈さん」

 近づいてくる幼いけれど、整った顔。
 ――心臓が飛び出す程に、高鳴るのは、見ない事にしたい。

 触れた唇に、逆らえない。

「――んぅっ……」

 何度も触れては離れる唇にとらえられ、カウンターに伸ばされていたはずの腕に抱きしめられ、あたしは抵抗しようとするが、ビクともしない。
 それ以前に、力が入らない。

 ――身体中が、岡くんを求めているのに、気がつきたくない。

「――……茉奈さん……」

 一旦離れた唇は、さらに深く重ねられる。
 口内を暴れまわるように蹂躙され、徐々に力が抜けていく。
 今までの分を取り戻すかのような激しさに、耐えきれない。
 軽々と、あたしを抱えると、カウンターのイスに寄りかからせ、更に強く抱きしめる。

「――ふ……っ……んっ……」

 漏れ出る声が耳に届き、羞恥心に泣きたくなる。
 けれど、岡くんは、逃がそうとはしてくれない。
 気が遠くなる程の口づけが終わりを迎える頃には、あたしの身体は、何かを思い出すかのようにうずいていた。
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