Runaway Love
44
結局、本は持って帰るには多すぎるので、バッグに入るだけにする。
文庫本で、芦屋先生の昔のシリーズ五冊。
たぶん、古いものだから、野口くんは持っていないだろう。
図書館で借りたかは、わからないけれど。
”彼氏”の趣味が一緒というのも、中々、嬉しいものだ。
自分が遠慮する事も無い。
あたしの中で、彼は、恋人よりも先に、同士というポジションが大きい気がする。
――今は、それが、恋愛感情と混ざっているような状況なんだろうか。
それに――彼のコミュ障を、少しでも改善しないといけない責任もある。
こんな複雑な状況で、岡くんとキスしたり、したくなかったのに……。
あたしは、手元を見つめながら、唇を噛む。
――……野口くんには、絶対に、知られてはいけない。
以前、パニックを起こしかけた彼を思い出す。
一つ間違えれば――マズい方向に向かうかもしれない。
今は、落ち着いているけれど、完全にコミュ障を克服した訳ではないのだ。
まだまだ、他の部署の人とは距離を取っているし、話しかけられても一言二言を返すだけ。
まるで、ひな鳥が親鳥についてまわるような――あたしに対する態度とは、全然違う。
だから、突き放すような事はできない。
傷つけたりしたら、きっと、今の野口くんは、立ち上がれないような気がする。
それに、束縛が強い、と、自分でも言っていた。
――……それは、一つのものへの執着が強いという事。
読書だってそうだ。
翌日が仕事でも、ハマりこんだら関係なく徹夜してしまうような人。
いつか――別れるその時までに、あたしへの執着を切らないと――……。
「茉奈さん、タクシー来ましたよ」
「え、あ。――わかったわ」
不意に声をかけられ、顔を上げると、リビングの入り口から岡くんがそう言って顔を出した。
こんな状況で、彼に送ってもらうつもりもないし、そもそも、今日は自転車で来ているというのだから、無理なのだ。
あたしは、床に置いていたバッグを持つと、少しだけ顔をしかめる。
――……ヤバイ、まあまあ、重かったわ。
文庫五冊とはいえ、他にも荷物はあるのだ。
それに、腕の傷はふさがってきたとはいえ、まだ振動が響く。
すると、手元の重みが一瞬で消えた。
「持ちますよ」
見上げれば、岡くんが苦笑いしながら、あたしのバッグを持っていた。
「い、いいわよ。持てるから」
「重そうにしてましたけど?」
「……アンタ、他人の揚げ足取るの、好きよね」
あきれたように言うと、彼はキョトンと、見返す。
「……何よ」
「いえ……。……身内にしか言われた事、無かったから……」
「じゃあ、正解なのかしらね」
あたしは、クスリ、と笑みを浮かべる。
いつもやられてばかりだから、ちょっとした反撃ができてうれしい。
そんな風に思い、歩き出そうとすると、左肩に重みを感じた。
岡くんは、あたしの肩に顔をうずめている。
「……何よ。タクシー待たせてるんだから」
「……いえ、何か、うれしくて」
「は?」
「――……茉奈さんが、オレのコト、ちゃんと見てくれてたから……」
その言葉に眉を寄せるが、すぐに重みが消えたので、あたしは玄関へ歩き出した。
店の前に停まっていたタクシーを見やると、あたしは、岡くんからバッグを受け取る。
「――じゃあね、ありがと。助かったわ」
「……それじゃあ」
頭を下げる岡くんを見計らったタイミングで、ドアが閉まる。
もう何年もお世話になっているタクシー会社なので、運転手の人も、わかったような顔で車を発進させた。
文庫本で、芦屋先生の昔のシリーズ五冊。
たぶん、古いものだから、野口くんは持っていないだろう。
図書館で借りたかは、わからないけれど。
”彼氏”の趣味が一緒というのも、中々、嬉しいものだ。
自分が遠慮する事も無い。
あたしの中で、彼は、恋人よりも先に、同士というポジションが大きい気がする。
――今は、それが、恋愛感情と混ざっているような状況なんだろうか。
それに――彼のコミュ障を、少しでも改善しないといけない責任もある。
こんな複雑な状況で、岡くんとキスしたり、したくなかったのに……。
あたしは、手元を見つめながら、唇を噛む。
――……野口くんには、絶対に、知られてはいけない。
以前、パニックを起こしかけた彼を思い出す。
一つ間違えれば――マズい方向に向かうかもしれない。
今は、落ち着いているけれど、完全にコミュ障を克服した訳ではないのだ。
まだまだ、他の部署の人とは距離を取っているし、話しかけられても一言二言を返すだけ。
まるで、ひな鳥が親鳥についてまわるような――あたしに対する態度とは、全然違う。
だから、突き放すような事はできない。
傷つけたりしたら、きっと、今の野口くんは、立ち上がれないような気がする。
それに、束縛が強い、と、自分でも言っていた。
――……それは、一つのものへの執着が強いという事。
読書だってそうだ。
翌日が仕事でも、ハマりこんだら関係なく徹夜してしまうような人。
いつか――別れるその時までに、あたしへの執着を切らないと――……。
「茉奈さん、タクシー来ましたよ」
「え、あ。――わかったわ」
不意に声をかけられ、顔を上げると、リビングの入り口から岡くんがそう言って顔を出した。
こんな状況で、彼に送ってもらうつもりもないし、そもそも、今日は自転車で来ているというのだから、無理なのだ。
あたしは、床に置いていたバッグを持つと、少しだけ顔をしかめる。
――……ヤバイ、まあまあ、重かったわ。
文庫五冊とはいえ、他にも荷物はあるのだ。
それに、腕の傷はふさがってきたとはいえ、まだ振動が響く。
すると、手元の重みが一瞬で消えた。
「持ちますよ」
見上げれば、岡くんが苦笑いしながら、あたしのバッグを持っていた。
「い、いいわよ。持てるから」
「重そうにしてましたけど?」
「……アンタ、他人の揚げ足取るの、好きよね」
あきれたように言うと、彼はキョトンと、見返す。
「……何よ」
「いえ……。……身内にしか言われた事、無かったから……」
「じゃあ、正解なのかしらね」
あたしは、クスリ、と笑みを浮かべる。
いつもやられてばかりだから、ちょっとした反撃ができてうれしい。
そんな風に思い、歩き出そうとすると、左肩に重みを感じた。
岡くんは、あたしの肩に顔をうずめている。
「……何よ。タクシー待たせてるんだから」
「……いえ、何か、うれしくて」
「は?」
「――……茉奈さんが、オレのコト、ちゃんと見てくれてたから……」
その言葉に眉を寄せるが、すぐに重みが消えたので、あたしは玄関へ歩き出した。
店の前に停まっていたタクシーを見やると、あたしは、岡くんからバッグを受け取る。
「――じゃあね、ありがと。助かったわ」
「……それじゃあ」
頭を下げる岡くんを見計らったタイミングで、ドアが閉まる。
もう何年もお世話になっているタクシー会社なので、運転手の人も、わかったような顔で車を発進させた。