Runaway Love
中途半端な時間ではあるが、あたしは、アパートに帰るとすぐに買い出しの支度を始める。
やはり、ルーティンは変えられない。
小さいバッグを肩にかけ、買い物バッグを二つ。
いつものように、出かけると、徐々に足取りは重くなる。
――……先輩に、会わないだろうか。
先日のやり取り以来、顔を合わせる事は無かったから、安心していられたけれど、友人の家がこの辺なら、呑気に構えてもいられない。
あたしは、気を引き締めて歩みを続け、マルタヤにたどり着いた頃には、無駄に精神が消耗してしまっていた。
買い物カートに、いつものように食材を満杯にし、会計を終えると、バッグに詰め込んでマルタヤを後にする。
腕もだいぶ元通りになっているし、今週からまた、いつものように食材からメニューを考える事にしよう。
あたしは、商店街を通り過ぎ信号を渡ると、アパートへの一本道を歩き続ける。
「あ、やっぱりいた」
瞬間、聞こえた声に、息をのんだ。
「――っ……せ、んぱ……い……」
曲がり角の辺りで、缶コーヒーを弄びながら、こちらを見ていたのは――山本先輩だ。
条件反射のように、足が震えてきて、あたしは立ち止まる。
すると、それを見計らったように、彼はこちらにやってきた。
「毎週、同じような時間に買い物行くんだろうな、って、思ってさ。昔から、融通利かないから、キミ」
「――……何の御用でしょうか」
あたしは、無意識に視線を下げる。
先輩は、そんな事は一切気にしないように、あたしの手からバッグを一つ取り上げた。
「ちょっ……!」
「持ってあげるよ。今、荷物持ち、いないんでしょ」
「……結構です。返してください」
「遠慮しないでよ」
――遠慮なんかじゃない!本気で嫌がっているのが、わからないのか!
そう叫びたかったけれど、仮にも取引先の人間だ。
邪険にしたら、何を触れ回られるかわからない。
あたしを無視し、悦に入った先輩は、まくし立てるように話し出した。
「奈津美ちゃんが子供できたなら、もう、仕方ないかな、って。僕、子供嫌いだからさぁ。せっかくだったけど、あきらめようかなって」
その言葉に、引っかかりは覚えたけれど、心のどこかで安心する。
――これで、奈津美にちょっかいをかける可能性は、無くなるんだ。
後は、照行くんに任せれば良い。
「……そうですか。――じゃあ、私はこれで」
あたしは、そう言って、バッグを受け取ろうとするが、彼が離す事は無かった。
「先輩」
「――だからさ、代わりと言うとアレだけど、キミでもいいかなって」
「……は?」
「言ったでしょ。憂さ晴らし、付き合って、って」
「――……お断りしたはずですが」
あたしは、眉を寄せ、歩き出す。
先輩は、構わず、あたしの後ろをついて来た。
「別に、交際しろって言ってる訳じゃないよ。セフレでいいからさ」
あたしは、息をのむ。
――……何を考えてるの、この男は!
無意識に足が止まる。
それを、OKと捉えたのか、先輩は耳元に顔を近づけ、言った。
「よく見たら、昔よりもイイ身体になったじゃない?彼に育ててもらった?」
あたしは、唇を噛みしめる。
――……耐えろ。
ここで騒ぎを起こしたら――いろんなところに迷惑がかかる。
「……以前も言いましたが、絶対にお断りです。本当に、通報しましょうか」
あたしは、空いていた左手で、バッグに手を入れるそぶりを見せる。
けれど、先輩は、素知らぬ顔であたしを見下ろした。
「通報したら、痛み分けじゃない?三角関係、こじれるんじゃないの?」
「……っ……」
その言葉に、あたしは口をつぐむ。
「だから、さ。別にずっと続けるつもりなんてないし。二、三回くらい付き合ってくれたらいいだけだよ」
先輩は、うつむいたあたしをのぞき込み、そう言って笑った。
そして、荷物を手渡すと、
「考えといて」
そう、言い残し、来た道を戻って行く。
あたしは、それを見送る事もなく、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた――。
やはり、ルーティンは変えられない。
小さいバッグを肩にかけ、買い物バッグを二つ。
いつものように、出かけると、徐々に足取りは重くなる。
――……先輩に、会わないだろうか。
先日のやり取り以来、顔を合わせる事は無かったから、安心していられたけれど、友人の家がこの辺なら、呑気に構えてもいられない。
あたしは、気を引き締めて歩みを続け、マルタヤにたどり着いた頃には、無駄に精神が消耗してしまっていた。
買い物カートに、いつものように食材を満杯にし、会計を終えると、バッグに詰め込んでマルタヤを後にする。
腕もだいぶ元通りになっているし、今週からまた、いつものように食材からメニューを考える事にしよう。
あたしは、商店街を通り過ぎ信号を渡ると、アパートへの一本道を歩き続ける。
「あ、やっぱりいた」
瞬間、聞こえた声に、息をのんだ。
「――っ……せ、んぱ……い……」
曲がり角の辺りで、缶コーヒーを弄びながら、こちらを見ていたのは――山本先輩だ。
条件反射のように、足が震えてきて、あたしは立ち止まる。
すると、それを見計らったように、彼はこちらにやってきた。
「毎週、同じような時間に買い物行くんだろうな、って、思ってさ。昔から、融通利かないから、キミ」
「――……何の御用でしょうか」
あたしは、無意識に視線を下げる。
先輩は、そんな事は一切気にしないように、あたしの手からバッグを一つ取り上げた。
「ちょっ……!」
「持ってあげるよ。今、荷物持ち、いないんでしょ」
「……結構です。返してください」
「遠慮しないでよ」
――遠慮なんかじゃない!本気で嫌がっているのが、わからないのか!
そう叫びたかったけれど、仮にも取引先の人間だ。
邪険にしたら、何を触れ回られるかわからない。
あたしを無視し、悦に入った先輩は、まくし立てるように話し出した。
「奈津美ちゃんが子供できたなら、もう、仕方ないかな、って。僕、子供嫌いだからさぁ。せっかくだったけど、あきらめようかなって」
その言葉に、引っかかりは覚えたけれど、心のどこかで安心する。
――これで、奈津美にちょっかいをかける可能性は、無くなるんだ。
後は、照行くんに任せれば良い。
「……そうですか。――じゃあ、私はこれで」
あたしは、そう言って、バッグを受け取ろうとするが、彼が離す事は無かった。
「先輩」
「――だからさ、代わりと言うとアレだけど、キミでもいいかなって」
「……は?」
「言ったでしょ。憂さ晴らし、付き合って、って」
「――……お断りしたはずですが」
あたしは、眉を寄せ、歩き出す。
先輩は、構わず、あたしの後ろをついて来た。
「別に、交際しろって言ってる訳じゃないよ。セフレでいいからさ」
あたしは、息をのむ。
――……何を考えてるの、この男は!
無意識に足が止まる。
それを、OKと捉えたのか、先輩は耳元に顔を近づけ、言った。
「よく見たら、昔よりもイイ身体になったじゃない?彼に育ててもらった?」
あたしは、唇を噛みしめる。
――……耐えろ。
ここで騒ぎを起こしたら――いろんなところに迷惑がかかる。
「……以前も言いましたが、絶対にお断りです。本当に、通報しましょうか」
あたしは、空いていた左手で、バッグに手を入れるそぶりを見せる。
けれど、先輩は、素知らぬ顔であたしを見下ろした。
「通報したら、痛み分けじゃない?三角関係、こじれるんじゃないの?」
「……っ……」
その言葉に、あたしは口をつぐむ。
「だから、さ。別にずっと続けるつもりなんてないし。二、三回くらい付き合ってくれたらいいだけだよ」
先輩は、うつむいたあたしをのぞき込み、そう言って笑った。
そして、荷物を手渡すと、
「考えといて」
そう、言い残し、来た道を戻って行く。
あたしは、それを見送る事もなく、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた――。