Runaway Love
 よみがえってしまった記憶を、どうにか飲み込み、あたしは立ち上がる。
 置きっぱなしの買い物バッグを中に持って行き、中の食材を取り出してキッチンに並べた。
 もう、ほとんど無意識に近い。

 ――……本当に、あたしに、相手をしろと言っているんだろうか。

 先輩の言葉に、吐き気すら覚える。
 野口くんという彼氏がいるのを知っていて――どうして、そんな事を言えるんだろう。
 彼の中には、倫理という言葉は無いんだろうか。

 あたしは、何とか、気力を振り絞り片付けながら、作り置きを始める。
 まだ、涙は浮かんだままだけれど、もう、気にしない。
 すると、テーブルに置いたままのスマホが振動する。
 あたしは、少し考えるが、手を止めて向かった。
 奈津美があんな状態の今、もし、緊急の連絡ならマズいと思ったのだ。
 だが、メッセージの差出人は、早川だった。

 ――お盆休み、十三日から三日間、そっちに帰る事にするから、会えるか?

 以前の言葉は、本気だったのか。
 あたしは、一瞬眉を寄せてしまう。
 今のこの状況がコイツに知られたら、今度こそ、向こうに殴り込みに行きそうだ。
 大きく息を吐くと、言葉を選ぶ。

 ――悪いけど、無理。

 すると、すぐに返信かと思ったら、着信になった。
 あたしは、渋々、通話にする。

「……アンタねぇ……ホント、メッセージの意味無いわよね」

『良いだろ、声聞きてぇんだから』

 当然のように返され、言葉に詰まる。
 クスリ、と、耳元で笑い声が聞こえ、あたしは眉を寄せた。
『困るなよ。こっちは本心なんだから』
「……わかってるんなら、言わないでよ」
『無理だな。――ハッキリ伝えないと、お前気づかないし』
 あたしは、思わず頭を抱える。
「だからって……」
『何かあったか?』
「え?」
 不意打ちでそう尋ねられ、あたしは、一瞬固まった。
『――声が、いつもより暗ぇ。……鼻声だし……泣いてたんだろ』
 断定されてしまい、今度こそ、口をつぐんだ。
 ――こんな事、コイツに言ったって、どうしようもないんだ。
「……気のせいでしょ。別に、何も無いわよ」
『ンな訳あるか、見くびるなよ。――そばにいられなくたって、聞くくらいできるぞ』

 ――……こんな時に、そんな事、言わないでよ。
 
 ――……縋り付きたくなるじゃない。

 そんな風に、アンタを利用したくない。

 あたしは、深呼吸をすると、言った。

「――あたしは大丈夫よ。アンタは、アンタの仕事をしてなさいよ」

 それだけ言うと、一方的に、通話を終えた。
 暗くなった画面を見つめ、また、涙が浮かぶ。

 ――……ごめん。

 浮かんできた言葉は、それしかない。

 罪悪感に縛られた心に刺さった棘は、もう、埋め込まれて、取れないところまで沈んでいった。
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