Runaway Love

47

 無事にバスに乗り、いつものバス停にたどり着く。
 あたしは、スマホを出し、明かり代わりに持つと、街灯の明かりでうっすら浮かび上がった道を歩いていく。
 アパートまでの半分以上の道のりは、ウチの会社と、他企業の建物が続いているだけ。
 こんな時間に、出歩く人は他に見えない。
 けれど、五分程歩けば、公園の向こうに住宅街が見え、明かりが増える。
 あたしは、背筋を伸ばし、気持ち早めに歩いていく。
 ――まあ、怖くないかと言ったら、少し怖いけれど。
 でも、一人でいると決めた以上、慣れなければならない。
 いつもいつも、タクシーを使う訳にもいかないのだ。
 あたしは、視界に入ってきた見慣れた建物の外観に安堵し、小走りに駆け込んだ。
 別に、不審者がいた訳でもない。
 自意識過剰かもしれない。
 でも、何かあってからでは遅いのだから。
 すると、部屋に入ってすぐに着信音が響き、あたしは手に持っていたスマホ画面を見やると、一瞬悩んだが、出る事にする。

「……何」

『何は無ぇだろ、何は』

 電話の向こう、早川は、あきれたように言った。
「何、でしょうが。何か用」
『――用が無きゃ電話しちゃいけねぇのかよ』
「当然でしょ。あたしの時間を奪ってる自覚を持ってちょうだい」
 すると、ぶっ、と、吹き出す音。
「……早川」
『いや、悪い。ホント、相変わらずだな。……明日、そっち帰るから、会えねぇかと思って』
 あたしは、大きく息を吐く。
「――無理。実家に帰るのよ」
『その後は』
「――……野口くんと、約束があるから」
 電話で良かった。
 ――今の早川の表情(かお)なんて、きっと、直視できない。
『……そっか。――……順調なんだな』
「――……そうよ。……だから、アンタもいい加減……」
『良いだろ、それはそれ。俺の気持ちは俺のモンだ。――いくらお前でも、口出しはできねぇからな』
 あたしは、反論しようとしたが、言葉が見つからない。

 ――……だって、それは、正論だもの。

『ま、スキがあったら容赦なく奪いに行くからな』
「バッ……!」
 言葉を失うあたしに、早川は電話の向こうで笑う。


『――じゃあな。……好きだぞ、《《茉奈》》』


 言うだけ言って、早川は電話を切った。

 ――……は??

 え?何で、名前呼び捨て?
 ていうか、何、さりげなく、好きなんて言ってんの、アイツ!

 あたしは、真っ暗になったスマホの画面を凝視する。

 ――完全に開き直ってるわね……。

 半ばあきれて、スマホをテーブルに置く。
 すると、ようやく、状況を理解した心臓がバクバクと鳴り始めた。

 ――……ヤダ、やめてよ。
 ……こんなの、あたしは望んでないのに。

 あまりに不意打ちで、防御の準備も整わなかったあたしの心臓は、かなりのダメージを負ったのだった。


 翌日、少々寝不足気味ではあるが、いつものような時間に目が覚め、あたしはゆっくりと起き上がる。
 昨夜は、早川の爆弾のせいで、寝付くまで時間がかかってしまったのだ。
 軽く頭を振り、あたしはベッドから下りると、カーテンを少しだけ開ける。
 七時前だというのに、日差しはもう、熱をかなり持ってきていた。
 ひと通り、ルーティンを終わらせ、洗濯と掃除で半日終了。
 あたしは、スマホを確認すると、野口くんからメッセージが届いていた。

 ――明日、何時に迎えに行きましょう?

 その言葉に、心臓が一瞬止まりそうになった。

 ――……そうだ。ええっと、今日実家に泊まって、明日、デートになるのかわからないけれど、荷物を増やす訳にはいかないから……。

 頭の中で、一生懸命シミュレーションをするけれど、どうしてもそっち方面に思考が向かってしまい、挫折する。

 ――……誰か、正解を教えて……。

 悩みに悩んで、昼前くらいに迎えに来てもらう事にする。
 一旦、戻って、着替えとか入れ替えて――。
 それから……どこか出かけるんだろうか。
 それとも、すぐに、彼の部屋に行く……?

「ああ、もうっ!なるようになれ、よ!」

 迷走する思考を、あたしは無理矢理ぶった切った。
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