Runaway Love
 それから、数十分し、スマホが振動する。
 見やれば、奈津美から、到着したとのメッセージだ。
 あたしは、本を閉じ、バッグの中に入れると、それを持って立ち上がる。
 ひと通り見回し、窓やガスの元栓をチェックして、玄関を出る。

「あ、出てきた!お姉ちゃん!」

 妙なテンションの奈津美は、門のそばに停めてある車の窓から顔を出して、あたしに向かって、大きく手を振った。
 ――また、あのコは!
 どうして、大人しくしていられないの!
 あたしは、苦りながら急いで階段を下り、そちらに向かうと、奈津美はニコニコと笑い、後部座席に乗ったあたしに言った。

「今日さ、お墓参り行った後、”けやき”でご飯だからね!」

「――え」

 途端に、心臓がバクバクと鳴り始める。

 ――……岡くんは……いるの……?

 そう()きたかったけれど、口をつぐむ。
 ここで、あたしが過剰に反応すれば、奈津美は自分のいいように捉えかねない。
 あたしは、平静を装いながら、そう、と、うなづくだけにした。

 実家に向かう途中、墓参り用の花を買い、到着したのは夕方前。
「ただいまー、お母さん、お姉ちゃん連れてきたよ!」
「ハイハイ、ご苦労さん」
 母さんは、若干、足を引きずってはいるが、もう、通常仕様に戻りつつあった。
 玄関で、あたし達を出迎えると、提灯を差し出す。
「帰って来て早々だけど、さっさとお墓参りに行くわよ」
 いそいそと靴を履く母さんを、あたしは慌てて止めた。
「ちょっと待ってよ。あたし、荷物置いて来ないとなんだけど」
「じゃあ、さっさと置いてきなさいよ」
 あまりの言い方に、あ然としながらも、あたしは二階の自分の部屋に荷物を持って向かう。
 アレは、今に始まった事ではない。
 あたしは、自分の部屋の床ににバッグを置くと、すぐに階下(した)に下りた。
「お待たせ」
「ハイハイ、じゃあ、行こうかね」
 母さんは、いそいそと道に停めてある、照行くんの車に乗り込んでいった。
 いつもなら渋々といった感じで乗るのだが、お墓参りとなると、事情は別らしい。
 それから、車で十分ほどの墓地にたどり着く。
 そんなに広くはないので、お墓とお墓の間はかなり狭く、すれ違うのがやっとだ。
 母さんが先頭を歩き、その後をあたしが続く。
 奈津美は照行くんに支えられながら、ゆっくりと歩いて来た。
 地面は草だらけなので、足を取られないように気をつけてもらわないと。
 こんなところで転んで、お腹に影響があったら大変だ。
 そして、奥の方にひっそりと建ててある、小さなお墓の前に到着した。

 ――父さんのお墓だ。

 祖父母の墓は、別のところにある。
 母さんが、せめて、近くに建てたい、と、言ってきかず、最終的に親戚が折れた形になった。

 ――それくらいには、父さんを大事に想っていたようだ。

 全員で線香を立ててお参りすると、母さんが提灯にロウソクの火を移した。
 この辺では、お盆になると、こうやって、亡くなった人を家の仏壇に迎え入れるのだ。
「じゃあ、茉奈、頼んだわよ」
「……え」
 あっさりと提灯を渡され、あたしはポカンと母さんを見返す。
「え、じゃないわよ。アタシも奈津美も、ウチまで歩けないでしょうが」
「ゴメンね、お姉ちゃん!」
 ウインクをしながら、あたしを見る奈津美に、胸の奥がザワリとうずく。
 奈津美は、そんな事に気づくはずもなく、あっさりと続けた。
「で、もう暗くなってるし、ボディガード呼びましたー!」
「え」
 墓地を出ると、道路の向こう側に立っていたのは――。

「将太、こっちこっち!」

 奈津美の明るすぎる声の理由に、無性に怒鳴りたくなってしまった。
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