Runaway Love

5

 部屋着に着替え、夕飯を作り置きのどれにしようかと考えていると、不意にチャイムが鳴り響く。
 安いアパートなので、玄関まで出て、ドアスコープで確認するしかない。
 けれど、あたしが向かうよりも先に、向こうからノックされた。

「茉奈さんー!いますか―⁉」

 あたしは、その声にギョッとして、あわててドアを開ける。

「あ、いた」

「――お、岡くん……」

 ぼう然としていると、岡くんは、にこやかに言った。
「良かった。この前みたいに遅くなってたらって心配で、迎えに行こうかと思ったんですけど、連絡つかなかったから来ちゃいました」
「き……来ちゃいました、じゃ、ないわよ!何でウチが……」
「え?茉奈さんが教えてくれたんですよ?」
「え」
 あたしは、聞いた途端、全身の血がざあっと引いていく。
「……い、いつ……」
 聞きたくない。でも、確認しない訳にはいかない。
 すると、岡くんは、あっさりと答えた。
「いつ、って、奈津美の式の後……」
 ――ああ、やっぱりか。
 キョトンとしている岡くんを、見られない。
 視線を下げ、あたしは、再びギョッとしてしまった。
 部屋は道路から見える位置。
 そして、遠目にもわかってしまう――早川の姿。
 そうだ。アイツ、ココは通勤路。
「お、岡くん、入って!」
「え、え?」
 見られたくない一心で、岡くんを部屋に引きずり込む。
 これ以上、お互いに顔を合わせてほしくないのだ。
 社長の耳にまで届いてしまったゴタゴタは、二度とさせたくない。
 社内での、早川の評判にも関わってしまう。
 ――アイツは、アレで、営業部のトップなんだから。
「ま、茉奈さん?」
「あ、ご、ごめん。……ドア開けたままで、他人(ひと)が見たら何かと思われるしさ……」
 玄関先で、もめているように見えたら、たまったもんじゃない。
 けれど、彼を部屋に入れてから我に返る。
 ……あ、コレ、マズい……?
 思った瞬間、後ろから抱きしめられた。
「オレは、別に構わないんですけど?」
「――あたしが構うわよ」
 どうにか振りほどき、あたしは振り返る。
 岡くんは、早川ほど高くはないけれど、あたしよりは十センチ以上は高い。
 見上げるのがつらくて、視線を下げた。
「……あのさ……悪いんだけど、もう、こういうの、やめてほしいの」
「え」
 深入りされる前に、バッサリと切らなければ。
 ――早川を振ったように。

「あたし、キミを恋愛対象に見る事なんて、できないし――これからも無理だと思う。だから、連絡先も消して」

 岡くんの反応が怖くて、あたしは顔を上げられない。
 視線の先には、リフォームで無駄に新しいフローリングの床。
 無言の時間が過ぎていくほどに、罪悪感は増していく。
 けれど、これ以上、どう言ってみようもない。

 ――早く、わかった、って、言ってよ。

 あたしが、どうにか顔を上げようとすると、また、ドアがノックされた。
 今度はチャイムよりも先だ。
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