Runaway Love
48
「じゃあ、オレ、先に店に戻ってますんで」
「――そう。……ありがとう」
岡くんは、あたしに頭を下げると、引いていた自転車に乗って、去って行った。
それを見送り、ため息を吐く。
――……あたしは、今、野口くんの彼女。
――……なのに――……何で、彼と離れたくないなんて思うのよ。
浮かんでくる罪悪感に、唇を噛む。
……こんな関係、いいハズ無いのにね……。
あたしは、軽く首を振ると、実家のドアを開けた。
「あ、お帰り、お姉ちゃん!早く、火、移して!」
すると、待ち構えていた奈津美が、あたしの提灯を指さして言った。
「わかってるわよ」
「で、すぐに出るからね!将太の家族、待たせてるんだから」
「――……わかってるってば!」
イラつきを隠せず、あたしは語気を強める。
けれど、奈津美は、ケロッとしたままリビングに戻っていく。
あたしは、パンプスを脱ぐと、母さんの部屋の仏壇に上げてあるロウソクに、提灯の火を移した。
――……お帰り、父さん。
心の中で、それだけつぶやくと、あたしは線香に火をつけて立て、数珠を持って手を合わせた。
「ああ、お帰り。火、ありがとうね」
すると、後ろから母さんがやって来て、隣に腰を下ろす。
仏壇に供えてあるお菓子をズラすと、果物を並べた。
まあまあの量に、苦笑いだ。
「ちょっと、落ちるんじゃないの」
「大丈夫よ。帰ってきたら、下ろすから」
あっさりと言うと、母さんは数珠を持った。
あたしは、すぐに立ち上がり、二階の自分の部屋に向かう。
――年に一度の、夫婦の会話は、邪魔したくはない。
父さんは、あたしが産まれる前から、出張と単身赴任が通常仕様だったので、小さい頃は、たまに帰って来ると、知らないおじさんがいる、と、怯えていたらしい。
奈津美が産まれてからは、昇進したせいか、その頻度は少なくなったが、やはり、家にいる事はあまり無かった。
記憶の中の父さんは――穏やかに、少しだけ苦笑いを浮かべている。
そんな思い出しかない。
「お姉ちゃん、出る準備できた?」
床に座って少々の休憩がてら、そんな事をつらつらと考えていると、奈津美が勢いよくドアを開けてきた。
「……大丈夫よ」
「お母さんが、今支度してるから」
「そう」
すると、奈津美は、座っていたあたしの前に来て、ヒザをつくと、のぞき込んでくる。
「……何」
「お姉ちゃんさ、付き合ってる人いるの?」
「……何で」
奈津美は、身体を起こし、珍しく言葉を濁しながら続けた。
「――んー……何て言うか……ちょっと雰囲気柔らかくなったというか……」
「――……別に、何も無いわよ。気のせいじゃないの」
「でもさ、アタシとしては、把握しておきたいワケよ。将太のコト、応援してるから」
あたしは、顔を上げると、奈津美をにらむ。
「アンタ、いい加減にしてくれない。あたしもあのコも、お膳立てされたい訳じゃない。自分が幸せだからって、あたし達に押し付けないで」
言うだけ言って、あたしは立ち上がった。
「――……別にっ……そういう訳じゃないよ。ただ、お姉ちゃんには、いろいろ面倒かけちゃったから……」
「だから、男でもあてがおうって?ふざけるのも、いい加減にして」
あたしは床に置いたバッグを持つと、そのまま奈津美を残して部屋を出た。
――奈津美が何か言いかけたのは、無視する。
イライラしながら階段を下りると、ちょうど、照行くんがリビングから出てきた。
「あ、義姉さん、車、前に停めてますから」
「――そう、ありがとう」
あたしは、視線をそらしてうなづく。
「奈津美、上ですか?」
「ええ」
頑なな態度に気がついているのか、彼は、申し訳無さそうに頭を下げて、階段を上っていった。
「――そう。……ありがとう」
岡くんは、あたしに頭を下げると、引いていた自転車に乗って、去って行った。
それを見送り、ため息を吐く。
――……あたしは、今、野口くんの彼女。
――……なのに――……何で、彼と離れたくないなんて思うのよ。
浮かんでくる罪悪感に、唇を噛む。
……こんな関係、いいハズ無いのにね……。
あたしは、軽く首を振ると、実家のドアを開けた。
「あ、お帰り、お姉ちゃん!早く、火、移して!」
すると、待ち構えていた奈津美が、あたしの提灯を指さして言った。
「わかってるわよ」
「で、すぐに出るからね!将太の家族、待たせてるんだから」
「――……わかってるってば!」
イラつきを隠せず、あたしは語気を強める。
けれど、奈津美は、ケロッとしたままリビングに戻っていく。
あたしは、パンプスを脱ぐと、母さんの部屋の仏壇に上げてあるロウソクに、提灯の火を移した。
――……お帰り、父さん。
心の中で、それだけつぶやくと、あたしは線香に火をつけて立て、数珠を持って手を合わせた。
「ああ、お帰り。火、ありがとうね」
すると、後ろから母さんがやって来て、隣に腰を下ろす。
仏壇に供えてあるお菓子をズラすと、果物を並べた。
まあまあの量に、苦笑いだ。
「ちょっと、落ちるんじゃないの」
「大丈夫よ。帰ってきたら、下ろすから」
あっさりと言うと、母さんは数珠を持った。
あたしは、すぐに立ち上がり、二階の自分の部屋に向かう。
――年に一度の、夫婦の会話は、邪魔したくはない。
父さんは、あたしが産まれる前から、出張と単身赴任が通常仕様だったので、小さい頃は、たまに帰って来ると、知らないおじさんがいる、と、怯えていたらしい。
奈津美が産まれてからは、昇進したせいか、その頻度は少なくなったが、やはり、家にいる事はあまり無かった。
記憶の中の父さんは――穏やかに、少しだけ苦笑いを浮かべている。
そんな思い出しかない。
「お姉ちゃん、出る準備できた?」
床に座って少々の休憩がてら、そんな事をつらつらと考えていると、奈津美が勢いよくドアを開けてきた。
「……大丈夫よ」
「お母さんが、今支度してるから」
「そう」
すると、奈津美は、座っていたあたしの前に来て、ヒザをつくと、のぞき込んでくる。
「……何」
「お姉ちゃんさ、付き合ってる人いるの?」
「……何で」
奈津美は、身体を起こし、珍しく言葉を濁しながら続けた。
「――んー……何て言うか……ちょっと雰囲気柔らかくなったというか……」
「――……別に、何も無いわよ。気のせいじゃないの」
「でもさ、アタシとしては、把握しておきたいワケよ。将太のコト、応援してるから」
あたしは、顔を上げると、奈津美をにらむ。
「アンタ、いい加減にしてくれない。あたしもあのコも、お膳立てされたい訳じゃない。自分が幸せだからって、あたし達に押し付けないで」
言うだけ言って、あたしは立ち上がった。
「――……別にっ……そういう訳じゃないよ。ただ、お姉ちゃんには、いろいろ面倒かけちゃったから……」
「だから、男でもあてがおうって?ふざけるのも、いい加減にして」
あたしは床に置いたバッグを持つと、そのまま奈津美を残して部屋を出た。
――奈津美が何か言いかけたのは、無視する。
イライラしながら階段を下りると、ちょうど、照行くんがリビングから出てきた。
「あ、義姉さん、車、前に停めてますから」
「――そう、ありがとう」
あたしは、視線をそらしてうなづく。
「奈津美、上ですか?」
「ええ」
頑なな態度に気がついているのか、彼は、申し訳無さそうに頭を下げて、階段を上っていった。