Runaway Love
「――すみません、騒がしくて」
「え」
盛り上がっていく場に、身の置き場が無くなり、そっと、入り口の待合用のソファに避難していると、頭上から声がかかり、あたしは顔を上げた。
「あ、いえ」
慌てて立ち上がろうとすると、やって来たおじいさんは、手で遮った。
「どうぞ、座っててください。私も年なんで、騒がしいのは疲れました」
「――……すみません」
元凶は、奈津美なのだろうから、あたしは肩をすくめ、頭を下げた。
すると、おじいさんは一人分開け、同じようにソファに腰を下ろす。
「明るくて、良いじゃないですか。謝る必要はありませんよ」
「……ありがとうございます」
少しの間の後、おじいさんは口を開く。
「――将太が、ご迷惑かけていませんかね」
「え」
「……あなたが……昔から、将太が言ってた方なんですよね。――あの子は、少々、周りが見えなくなる性質なので……心配になりまして」
あたしは、おじいさんに身体を向ける。
ここで、正直に言える程、図太くはない。
「……あの……そ、そういう事は……」
「いえ、ご迷惑でなければ、お気になさらず。二人の事情です。身内といえど、口を出すべきではないと、私は思ってますから」
その言葉に、無意識に視線を下げた。
こちらが、申し訳無くなるくらいの言葉。
母さんと奈津美にも見習ってほしい。
すると、おじいさんは、あたしをチラリと見やると、真っ直ぐにガラス張りのドアの向こうを眺める。
駅へ向かう人達のざわめきは、徐々に落ち着いてきているようで、今は、少々の話し声と、電車が走る音だけが流れていた。
「――将太が、昔、少し荒れてたのは、ご存じでした?」
「――え?」
唐突な話題の転換。けれど、その内容に、あたしは、自分の耳を疑った。
――……荒れてた……?
……あの、岡くんが……??
目を丸くしたあたしの反応に、おじいさんはニコリと笑う。
その笑顔は、やはり、彼に似ていた。
――いや、彼《《が》》、似ているのだ。
「三人兄弟の末っ子で、上二人が、もう、料理の道を選んでいて――私も二人にかかりきりになってしまいまして。両親は普通の会社員でしたから、店を継いでくれるなら、と、期待を寄せてしまって」
あたしに向けて話している内容が、何を意味するのかは、まだわからない。
けれど、聞いていようと思った。
「――昔から、両親よりも私に懐いていたあの子は、兄二人に取られたと思ったんでしょうかね。中学……そうですね、二年生の終わり位からですか。少々、素行が悪くなってきてしまって」
おじいさんは、視線を落として、息を吐く。
何だか、自分の懺悔を聞いてもらっているような、そんな雰囲気だ。
「あの子が、一番、私の味を再現してくれていたので、てっきり、同じように継いでくれると思っていたら――兄二人に任せればいい、と、言い出して」
「――……あの……彼、今、建築学専攻って……」
すると、おじいさんは軽くうなづいて、あたしを見た。
「ええ。それは――落ち着いてから言い出した事でして。店は継がないけれど、店を建て直す時には、自分が造りたいって言いましてね」
――それは、この”けやき”が、長い間続いていられるという前提で。
おじいさんは、少しだけうれしそうに言った。
「あの子は、あの子なりに、この店を大事に思ってくれていたんだと、うれしくなったのを覚えてます」
「……そう、でしたか……」
「――たぶん、あなたのおかげなんでしょうね」
「え?」
不意に言われた言葉に、あたしは、理解が遅れる。
「――……あの……?」
不可解な表情を見て、おじいさんは、苦笑いをする。
「……将太の中学の終わり位に……杉崎さんの御不幸があったじゃないですか。――奈津美ちゃんと友達だったんで、あの子、お葬式に、母親と行かせてもらったんですよ」
「――……え……」
「お葬式から帰って来て、私に言ったんです。――今からでも、素行を改めるのは遅くないか、って」
どんどん、心臓の音が大きくなる。
――……”元気、出してください”。
フラッシュバックしてくる言葉。
「あまりに急な事だったので、驚いて理由を聞いたら――……守りたい女性ができた、と」
その言葉に、息をのむ。
「――強くあろうとしているその女性を、自分が守ってあげたい、と――」
おじいさんは、最後に、私が言ったのは内緒にしていてくださいね、と、優しく笑って中に戻って行った。
――あたしは、ぼう然としたまま、ソファから動けなかった。
「え」
盛り上がっていく場に、身の置き場が無くなり、そっと、入り口の待合用のソファに避難していると、頭上から声がかかり、あたしは顔を上げた。
「あ、いえ」
慌てて立ち上がろうとすると、やって来たおじいさんは、手で遮った。
「どうぞ、座っててください。私も年なんで、騒がしいのは疲れました」
「――……すみません」
元凶は、奈津美なのだろうから、あたしは肩をすくめ、頭を下げた。
すると、おじいさんは一人分開け、同じようにソファに腰を下ろす。
「明るくて、良いじゃないですか。謝る必要はありませんよ」
「……ありがとうございます」
少しの間の後、おじいさんは口を開く。
「――将太が、ご迷惑かけていませんかね」
「え」
「……あなたが……昔から、将太が言ってた方なんですよね。――あの子は、少々、周りが見えなくなる性質なので……心配になりまして」
あたしは、おじいさんに身体を向ける。
ここで、正直に言える程、図太くはない。
「……あの……そ、そういう事は……」
「いえ、ご迷惑でなければ、お気になさらず。二人の事情です。身内といえど、口を出すべきではないと、私は思ってますから」
その言葉に、無意識に視線を下げた。
こちらが、申し訳無くなるくらいの言葉。
母さんと奈津美にも見習ってほしい。
すると、おじいさんは、あたしをチラリと見やると、真っ直ぐにガラス張りのドアの向こうを眺める。
駅へ向かう人達のざわめきは、徐々に落ち着いてきているようで、今は、少々の話し声と、電車が走る音だけが流れていた。
「――将太が、昔、少し荒れてたのは、ご存じでした?」
「――え?」
唐突な話題の転換。けれど、その内容に、あたしは、自分の耳を疑った。
――……荒れてた……?
……あの、岡くんが……??
目を丸くしたあたしの反応に、おじいさんはニコリと笑う。
その笑顔は、やはり、彼に似ていた。
――いや、彼《《が》》、似ているのだ。
「三人兄弟の末っ子で、上二人が、もう、料理の道を選んでいて――私も二人にかかりきりになってしまいまして。両親は普通の会社員でしたから、店を継いでくれるなら、と、期待を寄せてしまって」
あたしに向けて話している内容が、何を意味するのかは、まだわからない。
けれど、聞いていようと思った。
「――昔から、両親よりも私に懐いていたあの子は、兄二人に取られたと思ったんでしょうかね。中学……そうですね、二年生の終わり位からですか。少々、素行が悪くなってきてしまって」
おじいさんは、視線を落として、息を吐く。
何だか、自分の懺悔を聞いてもらっているような、そんな雰囲気だ。
「あの子が、一番、私の味を再現してくれていたので、てっきり、同じように継いでくれると思っていたら――兄二人に任せればいい、と、言い出して」
「――……あの……彼、今、建築学専攻って……」
すると、おじいさんは軽くうなづいて、あたしを見た。
「ええ。それは――落ち着いてから言い出した事でして。店は継がないけれど、店を建て直す時には、自分が造りたいって言いましてね」
――それは、この”けやき”が、長い間続いていられるという前提で。
おじいさんは、少しだけうれしそうに言った。
「あの子は、あの子なりに、この店を大事に思ってくれていたんだと、うれしくなったのを覚えてます」
「……そう、でしたか……」
「――たぶん、あなたのおかげなんでしょうね」
「え?」
不意に言われた言葉に、あたしは、理解が遅れる。
「――……あの……?」
不可解な表情を見て、おじいさんは、苦笑いをする。
「……将太の中学の終わり位に……杉崎さんの御不幸があったじゃないですか。――奈津美ちゃんと友達だったんで、あの子、お葬式に、母親と行かせてもらったんですよ」
「――……え……」
「お葬式から帰って来て、私に言ったんです。――今からでも、素行を改めるのは遅くないか、って」
どんどん、心臓の音が大きくなる。
――……”元気、出してください”。
フラッシュバックしてくる言葉。
「あまりに急な事だったので、驚いて理由を聞いたら――……守りたい女性ができた、と」
その言葉に、息をのむ。
「――強くあろうとしているその女性を、自分が守ってあげたい、と――」
おじいさんは、最後に、私が言ったのは内緒にしていてくださいね、と、優しく笑って中に戻って行った。
――あたしは、ぼう然としたまま、ソファから動けなかった。