Runaway Love
 夕暮れ時、雨の中。
 ようやく、お葬式も終わり、憔悴した母さんと奈津美をどうにか家まで運ぶと、あたしは、二人を置いて、ふらりと外へ出た。

 ――これから、どうしたら良いの……。

 父さんが、事故に遭うなんて――死んでしまうなんて、誰も思ってなかった。
 当然、遺言など、あるはずもなく。

 保険金と、加害者の賠償はあるが、この先、どうやって生きていけばいいのか。

 ――途方に暮れる、とは、こういう事なのか、と、妙に感心してしまう。

 母さんは、しばらく何もできないだろう。
 奈津美は、もうすぐ高校受験。

 ――……あたしが支えないと。

 唇を、切れそうなほどに噛みしめる。
 そうしないと、先が見えない不安と恐怖に、押しつぶされそうだった。

 近くの公園にたどり着く頃には、ゲリラ豪雨に近いくらいの土砂降り。
 もちろん、誰がいるはずもない。

 ――けれど、今のあたしには、ちょうど良かった。

 しん、とした中、激しい雨の音だけが耳に残る。

 濡れたベンチに座り込むと、頭は勝手に下がっていく。
 しばらく、何も考えずに、近くを通る車の音や、未だに激しいままの雨の音を聞いていると、不意に水滴が停止した。

 顔を上げると――あたしに向けて傘を差し出している、学生服の男の子。

『……大丈夫……です、か……』

 遠慮がちに言うが、今のあたしに、受け流す余裕など無く。

『こんな状況で、大丈夫って答える方が、大丈夫じゃないでしょう』

 簡単にささくれ立った心に、これ以上、触れられたくない。
 あたしは立ち上がると、びしょ濡れのまま歩き出そうとする。
 だが、それは、腕を引かれて止められた。
 それは、何の躊躇も無く。
『あ、あのっ……!……か、傘、使ってください』
『――……いらないわよ。こんな状態で、今さら、必要無いわ』
『でも――』
 あたしよりも、少しだけ高い位置にある顔を見上げる。


 ――不安そうな視線は、真っ直ぐあたしを見ていて――。


『げ……元気、出してください』

 それだけ言って、あたしに傘を押し付けると、頭を勢いよく下げる。
 そして、自分は、一瞬でずぶ濡れになりながら、走り去って行ったのだ。


 ……あのコが……岡くんだっていうの……?


 自然と震え出す両手を、無理矢理押さえる。

 ――……全然、気づかなかった……。

 すると、ガタリ、と、ドアが音を立て、あたしは反射的にそちらを見やり――固まる。

「……お、岡くん……」

「――……茉奈さん――……」

 一瞬だけ気まずそうにしたが、彼は、あたしの隣に座った。

 それを、今は、どうしてか咎めずにいた。
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