Runaway Love
スマホをバッグに戻し、あたしは立ち上がる。
不本意だけど、早川のおかげで、少しだけ気分が落ち着いた。
そして、冷静になってきた頭で考える。
――……キスマーク……どうしよう……。
ふと、洗面所の鏡で確認しようと思い、足を向けるが、鏡の前の自分の顔すら正視できず、結局、やめて二階に上がった。
そして、ベッドに横になり、首筋に手を当てる。
――……岡くんの、バカ……。
吸い付かれた強さに、つけられた痕の赤さを想像してしまい、眉を寄せる。
――……たぶん、一日二日じゃ、消えないくらいだろう。
――……どうしよう。どうしたら、良い……?
コレを見た時の、野口くんの反応が怖い。
明日、都合が悪くなったと断って、どうにか痕を消す事は無理だろうか。
けれど――聡いあのコには、バレそうな気もする。
……どうやったって、野口くんを傷つけそうで――とても、怖くなった。
あたしは、両手で顔を隠す。
キツく目を閉じると、真っ直ぐあたしを見つめる岡くんが、まぶたの裏に浮かんできた。
――……何てコト、してくれたのよ、ホントに……。
すると、再びスマホが振動し、あたしはビクリと起き上がった。
バッグから取り出すと、表示された名前は、たった今悩んでいた、野口くん本人だ。
「――も、もしもし?」
『あ、茉奈さん、すみません、こんな時間に……』
遠慮がちに言うが、声音には、あせりが感じられる。
「大丈夫だけど……どうかしたの?」
『すみません――明日の予定、キャンセルしなきゃならなくなりました』
「え?」
『姉の子供――甥っ子なんですが、風邪ひいてしまいまして……姉も義兄も、美容室を休む訳にはいかなくて……』
あたしは、キョトンとしながら、彼の話の続きを促した。
「――それで……?」
『……オレが、面倒みなきゃいけなくなってしまって……』
「え」
あまり、野口くんと結びつかない言葉に、眉を寄せる。
「え……っと、野口くん、一人で?」
『ああ、まあ、弟妹は遊びに行く予定があって、もう出ちゃいましたし、二番目の姉も旅行で……両親は、祖父母のところに、昨日から出ていまして……。まあ、つまるところ、オレしか残っていなくて』
「で、でも、大丈夫なの?手伝い、いる?」
甥っ子がいくつかはわからないが、そんなに大きくはないだろう。
すると、彼はあっさりと続けた。
『あ、ハイ。別に、初めてじゃないし、大体わかります。甥っ子も、割と懐いてくれるんですが――本調子じゃない時に、知らない人間がいるのは……』
少々気まずそうに言われるが、あたしはうなづく。
確かに、初対面の人間が、具合の悪い時にいるのは、気が休まらない。
小さい子供なら、なおさらだろう。
「そ、それもそうよね。ごめんなさい」
『いえ、ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから』
大家族というのもあるのか、平然と言う彼に、驚くばかりだ。
『――……で、あの……』
「ええ、わかったわ。そういう理由なら、仕方ないじゃない。ご家族優先してあげて」
『……ありがとうございます。でも、明後日は大丈夫ですから……』
そこまで言って野口くんは口を閉じるが、まだ、何か言いたげな雰囲気で、あたしは尋ねる。
「……駆くん?」
『え?』
「――……何だか……何か言いたいの、我慢してない?」
『――……っ……』
一瞬、彼は息をのみ、そして、ポツリとつぶやくように続けた。
『……だって……せっかく、茉奈さんといられると思ったんですよ……?』
甘えるような口調に、固まってしまう。
きっと、今、彼の表情を見たら、大抵の女性は目を奪われるに違いない。
『……茉奈さん?』
「し、しょうがないでしょ。……わがまま言わないで、ちゃんと、甥っ子さんの面倒見てあげなさいよ?」
まるで、奈津美をたしなめているような錯覚をしてしまう。
野口くんは、口を閉じたのか、沈黙が流れた。
「……か、駆、くん?」
『――わかりました。茉奈さんが言うなら、頑張ります』
一瞬、間違えた事を言ってしまったかと思い、ギクリとするが、そういう訳ではないようだ。
ホッとしたのも束の間、続いた言葉に固まった。
『……だから、明後日、ご褒美くださいね』
「――……っ……!!」
――コレはアレだ。
この前のヤツとは、違う――色っぽい方だ。
そう理解してしまうと、スマホを持ったまま、挙動不審になる。
野口くんは、そんなあたしに気づいているのか、クスリ、と、耳元で笑った。
『じゃあ、明後日だけですけど。――また、連絡しますんで』
「ええ」
『――おやすみなさい、茉奈さん』
「お、おやすみっ……なさい……」
何とか噛まずに言えたと思ったのに――彼は、クスクスと、笑いながら電話を切った。
不本意だけど、早川のおかげで、少しだけ気分が落ち着いた。
そして、冷静になってきた頭で考える。
――……キスマーク……どうしよう……。
ふと、洗面所の鏡で確認しようと思い、足を向けるが、鏡の前の自分の顔すら正視できず、結局、やめて二階に上がった。
そして、ベッドに横になり、首筋に手を当てる。
――……岡くんの、バカ……。
吸い付かれた強さに、つけられた痕の赤さを想像してしまい、眉を寄せる。
――……たぶん、一日二日じゃ、消えないくらいだろう。
――……どうしよう。どうしたら、良い……?
コレを見た時の、野口くんの反応が怖い。
明日、都合が悪くなったと断って、どうにか痕を消す事は無理だろうか。
けれど――聡いあのコには、バレそうな気もする。
……どうやったって、野口くんを傷つけそうで――とても、怖くなった。
あたしは、両手で顔を隠す。
キツく目を閉じると、真っ直ぐあたしを見つめる岡くんが、まぶたの裏に浮かんできた。
――……何てコト、してくれたのよ、ホントに……。
すると、再びスマホが振動し、あたしはビクリと起き上がった。
バッグから取り出すと、表示された名前は、たった今悩んでいた、野口くん本人だ。
「――も、もしもし?」
『あ、茉奈さん、すみません、こんな時間に……』
遠慮がちに言うが、声音には、あせりが感じられる。
「大丈夫だけど……どうかしたの?」
『すみません――明日の予定、キャンセルしなきゃならなくなりました』
「え?」
『姉の子供――甥っ子なんですが、風邪ひいてしまいまして……姉も義兄も、美容室を休む訳にはいかなくて……』
あたしは、キョトンとしながら、彼の話の続きを促した。
「――それで……?」
『……オレが、面倒みなきゃいけなくなってしまって……』
「え」
あまり、野口くんと結びつかない言葉に、眉を寄せる。
「え……っと、野口くん、一人で?」
『ああ、まあ、弟妹は遊びに行く予定があって、もう出ちゃいましたし、二番目の姉も旅行で……両親は、祖父母のところに、昨日から出ていまして……。まあ、つまるところ、オレしか残っていなくて』
「で、でも、大丈夫なの?手伝い、いる?」
甥っ子がいくつかはわからないが、そんなに大きくはないだろう。
すると、彼はあっさりと続けた。
『あ、ハイ。別に、初めてじゃないし、大体わかります。甥っ子も、割と懐いてくれるんですが――本調子じゃない時に、知らない人間がいるのは……』
少々気まずそうに言われるが、あたしはうなづく。
確かに、初対面の人間が、具合の悪い時にいるのは、気が休まらない。
小さい子供なら、なおさらだろう。
「そ、それもそうよね。ごめんなさい」
『いえ、ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから』
大家族というのもあるのか、平然と言う彼に、驚くばかりだ。
『――……で、あの……』
「ええ、わかったわ。そういう理由なら、仕方ないじゃない。ご家族優先してあげて」
『……ありがとうございます。でも、明後日は大丈夫ですから……』
そこまで言って野口くんは口を閉じるが、まだ、何か言いたげな雰囲気で、あたしは尋ねる。
「……駆くん?」
『え?』
「――……何だか……何か言いたいの、我慢してない?」
『――……っ……』
一瞬、彼は息をのみ、そして、ポツリとつぶやくように続けた。
『……だって……せっかく、茉奈さんといられると思ったんですよ……?』
甘えるような口調に、固まってしまう。
きっと、今、彼の表情を見たら、大抵の女性は目を奪われるに違いない。
『……茉奈さん?』
「し、しょうがないでしょ。……わがまま言わないで、ちゃんと、甥っ子さんの面倒見てあげなさいよ?」
まるで、奈津美をたしなめているような錯覚をしてしまう。
野口くんは、口を閉じたのか、沈黙が流れた。
「……か、駆、くん?」
『――わかりました。茉奈さんが言うなら、頑張ります』
一瞬、間違えた事を言ってしまったかと思い、ギクリとするが、そういう訳ではないようだ。
ホッとしたのも束の間、続いた言葉に固まった。
『……だから、明後日、ご褒美くださいね』
「――……っ……!!」
――コレはアレだ。
この前のヤツとは、違う――色っぽい方だ。
そう理解してしまうと、スマホを持ったまま、挙動不審になる。
野口くんは、そんなあたしに気づいているのか、クスリ、と、耳元で笑った。
『じゃあ、明後日だけですけど。――また、連絡しますんで』
「ええ」
『――おやすみなさい、茉奈さん』
「お、おやすみっ……なさい……」
何とか噛まずに言えたと思ったのに――彼は、クスクスと、笑いながら電話を切った。