Runaway Love
「――……ホント、図々しいわね」
あきれながら、荷物を床に置いて振り返ろうとすれば、後ろから抱きしめられた。
「ちょっ……早川!」
「――……やっと会えたんだから、少しは堪能させろ……」
「……っ……!」
耳元で囁かれ、硬直してしまう。
最近、コイツとは電話でしか話していない。
――そのせいで、耳が必要以上に敏感になってしまっているようで。
「……離してよ」
「少しだけだ」
抱き込む腕は力強く、あたしは、身動きが取れない。
「……あのね……。ホント、いい加減に……」
「――……何があった」
「え」
不意に低い声音で問われ、一瞬、何を言われたかわからなかった。
「……泣いてただろ」
「――大丈夫って言ったじゃない」
「お前の大丈夫は、信用できねぇ」
そう言われてしまえば、口をつぐむしかない。
すると、早川は、あたしの肩に顔を近づける。
「――……お前の事は、誰より理解ってるつもりだ」
「――……っ……!」
何て、うぬぼれ。
けれど――……完全に否定しきれないのも、確かなのだ。
「……そう言うんなら、あたしが嫌がっているのも、理解してるのよね?」
あたしが、そう言って、顔を向けてにらみ付けると、
「揚げ足取るなよ」
早川は、両手を上げて苦笑いした。
解放されたあたしは、一歩下がって距離を取る。
「……泣いてたのは確かだけど……自分でも、何で泣いてたのか、わからないのよ」
少しだけ事実を混ぜて、ウソをつく。
芦屋先生の小説の中で、一番信用できるウソのつき方だとあったのを思い出した。
ごまかすように、流れてきた髪をかき上げ荷物を持つと、不意に左腕が掴まれ、顔をしかめる。
「あ、わ、悪ぃ。――まだ、傷、痛むのか」
「……大丈夫よ。……アンタが、バカ力なだけでしょ」
「うるせぇよ、半分も力入れてねぇ。……それより、首、ちょっとよく見せろ」
「え、や、ま、待ってっ……!」
――そこには、キスマークがっ……!
慌てるあたしの肩を押さえつけ、髪を右側に寄せられる。
「――……っ……」
――……ああ……見られた……。
言葉を失う早川の顔を見られない。
浮気がバレたような、罪悪感は何でだ。
「――……誰だよ」
「え」
「……キスマーク、だよな」
あたしは、うつむいたまま動けない。
確かにそうだけど――うなづけば、コイツを傷つけそうな気がしたのだ。
「野口、か?」
唇を噛んで、首を振る。
けれど――……たぶん、ごまかしは利かない。
「……お……岡、くん……」
あたしが、覚悟して、ポツリとつぶやくと、早川は大きく息を吐いた。
「は、早川?」
「……あの野郎、独占欲の塊かよ」
「――え」
その雰囲気は、怒りを抑えているようで、あたしは慌てる。
このままでは殴り込みに行きそうだ。
「ちょっ……早川、落ち着いて」
「俺は落ち着いてる」
「そういう風には見えないんだってば!」
「腹が立っているだけだ」
「屁理屈言わないで!」
視線をそらす早川は、怒られた子供のようにふてくされる。
「――何でかばうんだよ」
「かばってないわよ」
「……じゃあ、俺が同じコトしても許すのか」
「話をそらさないで!」
へそを曲げたのか。まったく、面倒くさい。
あたしは、あきれて早川を見上げた。
「――アンタね、子供じゃないんだから」
「……っ……」
若干刺さったのか、早川はそのままうつむく。
そして、次には、あたしを抱き寄せた。
「ちょっと……」
「――いい加減、自覚しろ。俺も、野口も――岡も、お前に本気で惚れてるんだからな」
「――……だから、何よ」
そんな事、もうとっくに、わかってる。
みんな――先輩みたいな人間ではない。
――平気でウソをつき、人を心無い言葉で傷つけて、笑っていられるような――。
だからこそ、逃げてしまいたいんだ。
いつか、その気持ちが、熱にうかされたようなものだと気づく前に……。
――あたしではない、誰かと、幸せになってほしい――。
けれど、早川は、あたしを抱きしめたまま、ハッキリと言い切った。
「だから――逃げるなよ。……俺達の気持ちから……そして、お前自身の気持ちから」
あたしは、早川から無理矢理離れると、視線を下げる。
目の前が歪んで見えるのは――気のせいだ。
「茉奈」
「――……勝手な事ばかり言わないでよ……」
うつむいた顔を、早川は両手で持ち上げる。
そして、流れていた涙を、唇で拭い去った。
「――いつか、後悔するぞ。……自分自身からは、逃げられねぇんだから」
――後悔なんて、しない。
以前のあたしなら、即座に言い返しただろう。
けれど……今、口を開こうとしても、言葉は出なかった。
あきれながら、荷物を床に置いて振り返ろうとすれば、後ろから抱きしめられた。
「ちょっ……早川!」
「――……やっと会えたんだから、少しは堪能させろ……」
「……っ……!」
耳元で囁かれ、硬直してしまう。
最近、コイツとは電話でしか話していない。
――そのせいで、耳が必要以上に敏感になってしまっているようで。
「……離してよ」
「少しだけだ」
抱き込む腕は力強く、あたしは、身動きが取れない。
「……あのね……。ホント、いい加減に……」
「――……何があった」
「え」
不意に低い声音で問われ、一瞬、何を言われたかわからなかった。
「……泣いてただろ」
「――大丈夫って言ったじゃない」
「お前の大丈夫は、信用できねぇ」
そう言われてしまえば、口をつぐむしかない。
すると、早川は、あたしの肩に顔を近づける。
「――……お前の事は、誰より理解ってるつもりだ」
「――……っ……!」
何て、うぬぼれ。
けれど――……完全に否定しきれないのも、確かなのだ。
「……そう言うんなら、あたしが嫌がっているのも、理解してるのよね?」
あたしが、そう言って、顔を向けてにらみ付けると、
「揚げ足取るなよ」
早川は、両手を上げて苦笑いした。
解放されたあたしは、一歩下がって距離を取る。
「……泣いてたのは確かだけど……自分でも、何で泣いてたのか、わからないのよ」
少しだけ事実を混ぜて、ウソをつく。
芦屋先生の小説の中で、一番信用できるウソのつき方だとあったのを思い出した。
ごまかすように、流れてきた髪をかき上げ荷物を持つと、不意に左腕が掴まれ、顔をしかめる。
「あ、わ、悪ぃ。――まだ、傷、痛むのか」
「……大丈夫よ。……アンタが、バカ力なだけでしょ」
「うるせぇよ、半分も力入れてねぇ。……それより、首、ちょっとよく見せろ」
「え、や、ま、待ってっ……!」
――そこには、キスマークがっ……!
慌てるあたしの肩を押さえつけ、髪を右側に寄せられる。
「――……っ……」
――……ああ……見られた……。
言葉を失う早川の顔を見られない。
浮気がバレたような、罪悪感は何でだ。
「――……誰だよ」
「え」
「……キスマーク、だよな」
あたしは、うつむいたまま動けない。
確かにそうだけど――うなづけば、コイツを傷つけそうな気がしたのだ。
「野口、か?」
唇を噛んで、首を振る。
けれど――……たぶん、ごまかしは利かない。
「……お……岡、くん……」
あたしが、覚悟して、ポツリとつぶやくと、早川は大きく息を吐いた。
「は、早川?」
「……あの野郎、独占欲の塊かよ」
「――え」
その雰囲気は、怒りを抑えているようで、あたしは慌てる。
このままでは殴り込みに行きそうだ。
「ちょっ……早川、落ち着いて」
「俺は落ち着いてる」
「そういう風には見えないんだってば!」
「腹が立っているだけだ」
「屁理屈言わないで!」
視線をそらす早川は、怒られた子供のようにふてくされる。
「――何でかばうんだよ」
「かばってないわよ」
「……じゃあ、俺が同じコトしても許すのか」
「話をそらさないで!」
へそを曲げたのか。まったく、面倒くさい。
あたしは、あきれて早川を見上げた。
「――アンタね、子供じゃないんだから」
「……っ……」
若干刺さったのか、早川はそのままうつむく。
そして、次には、あたしを抱き寄せた。
「ちょっと……」
「――いい加減、自覚しろ。俺も、野口も――岡も、お前に本気で惚れてるんだからな」
「――……だから、何よ」
そんな事、もうとっくに、わかってる。
みんな――先輩みたいな人間ではない。
――平気でウソをつき、人を心無い言葉で傷つけて、笑っていられるような――。
だからこそ、逃げてしまいたいんだ。
いつか、その気持ちが、熱にうかされたようなものだと気づく前に……。
――あたしではない、誰かと、幸せになってほしい――。
けれど、早川は、あたしを抱きしめたまま、ハッキリと言い切った。
「だから――逃げるなよ。……俺達の気持ちから……そして、お前自身の気持ちから」
あたしは、早川から無理矢理離れると、視線を下げる。
目の前が歪んで見えるのは――気のせいだ。
「茉奈」
「――……勝手な事ばかり言わないでよ……」
うつむいた顔を、早川は両手で持ち上げる。
そして、流れていた涙を、唇で拭い去った。
「――いつか、後悔するぞ。……自分自身からは、逃げられねぇんだから」
――後悔なんて、しない。
以前のあたしなら、即座に言い返しただろう。
けれど……今、口を開こうとしても、言葉は出なかった。