Runaway Love
 あたしは、未だに笑いが止まらない早川をにらみ付ける。
「……何で、あたしの知らない所で交流してんのよ、アンタ等は」
「――お互い、ライバルなのは承知の上だがな。……ただ、お前が最優先なだけだ」
 いつかの、岡くんの言葉がよみがえる。

 ――茉奈さんが、最優先です。

「……で、情報交換でもしてた訳?あたし、そっちのけで」
「別に何も。お互い、手の内は見せてねぇよ。――それに、お前がケガしたのも、言ってねぇ」
「……それは……ありがと」
「俺も知られたくなかったしな。お前もそうだろ」
「……ええ、まあ……」
 あたしは、無意識に視線を左腕に向けた。
 傷は、もうほとんど消えている。
 ――その傷をつけられた時の恐怖も――もう、消えた。
 それは、きっと、こっちがあきれる程に心配してくれた、早川のおかげだろう。
「――腕は、もう、平気か」
 ――ホラ。……まったく、アンタは。
 心配そうに見つめる早川を見上げ、あたしはうなづく。
「大丈夫だってば。しつこい」
「しつこいって、お前なぁ……」
 不本意そうに顔をしかめる早川の表情(カオ)が、不意打ちでツボに入り、思わず吹き出し、笑ってしまった。
「アンタ、何、そのカオ」
 だが、早川は反論せず、少しだけホッとしたように、息を吐いた。
「……何よ……」
「……いや、何か、久し振りに笑った顔見た気がしてな。――やっぱり、そっちの方が良いぞ、お前」
 思わぬ言葉に、あたしは、何だかムズ痒くなり、顔を背け口を閉じる。
 コイツにそんな事を言われると、どうにも落ち着かない。

「何だ、照れてるのか」

 あたしの反応に機嫌を良くしたのか、早川はニヤリと笑う。
 それに何だか腹が立ち、あたしは、仕返しのようにジロリと見上げて言った。

「……うるさい……《《崇也》》」

「――……っ……!!?」

 早川は、一瞬、目を丸くした後、首まで真っ赤になって硬直した。
 思わず、あたしまでつられて赤くなる。
 痛み分けのような気もするが、まあ、少しはやり返せたか。

 あたしから顔を背ける早川は、一言、ヤベェ、と、つぶやいた。

 しばらく、お互いに赤い顔をどうにかしようと、無言でいたが、落ち着いた早川は、あたしを見やった。
「で、どこだ」
「え?」
 脈絡の無い言葉に、あたしは眉を寄せる。
「だから、キスマーク。……アイツのコトだ。他にもあるんだろ」
「――……ええ……まあ……」
 渋々うなづく。不本意だけど、できる限りの対処はしておかないと。
「……せ、背中の上の方……」
「――……っ……!」
 早川は、タオルを持って固まる。
「……あの野郎……」
 怒りが含まれたその言葉に、あたしは、あせる。
「ち、ちょっと、早川!だから、落ち着きなさいってば!」
「腹は立つって言っただろ」
「もう!」
 堂々巡りなやり取りに若干あきれていると、早川は、あたしの後ろに回り、襟元を引いた。
「――見るぞ」
「……ええ」
 仕方ない、と、自分に言い聞かせ、あたしはうなづく。
 完全に下着が見えてしまっているが、不可抗力だ。
「――コレか」
「わかりそう?」
「……お前、肌白いから」
 一瞬、野口くんの言葉がよぎり、身体は固まる。
「茉奈?」
「……何でもない。こっちも、蒸しタオルでいけそう?」
「――やってみる」
 そう言って、早川は立ち上がると、先ほどと同じように蒸しタオルを作って持って来た。

「いいか、ヘンな声、上げるなよ」
「無茶言わないで!」
 念を押すように言う早川に、抗議の声を上げる。
 無意識で出るものを、どうしろというのだ。
「――じゃあ、手でふさいどけ」
「え、あ、ええ……」
 あたしは、もっともな答えにうなづくと、両手で口をふさぐ。
 そして、ゆっくりと当たる温度に、息をのむ。

「――んむー……っ……んんっ……!」

 どうしても出てしまう声を抑えようとするが、漏れ出てきてしまう。
 すると、早川は気まずそうに言った。

「……前言撤回。お前、何してもエロくなる」

「バッ……!」

 あたしは、振り返ると、早川を見上げる。
「――え」
「……何だよ」
 早川は、顔をあたしの背中から背けたまま、タオルを当てていた。
 その妙な律義さに、思わず笑みが浮かぶ。
「……ありがと」
「……ああ」
 あたしは、できる限り声を押さえて、タオルの熱が冷めるまで我慢していた。
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