Runaway Love

51

 そして、当日。
 明日からの準備を先に終わらせ、野口くんを待っていると、バッグに入れておいたスマホが振動する。
 あたしは、慌てて取り上げ確認すると、もう、着いたらしい。

 ――下で待ってます。

 それを見ると、再びスマホをバッグにしまう。
 そして、さっと部屋を見回して、確認。
 大きく深呼吸すると、もう一度、バッグの中も確認した。

 ――念のための、着替えと、お泊りセット。

 まさか、自分がそんなものを用意するようになるとは。
 少しだけ、いつもより大きめなバッグを持つと、胸が跳ね上がる。
 身体中が何だかムズ痒い。
 本の中じゃ、こういう事って、準備万端なものではなかった。
 ――自然に、いつの間にか。
 けれど、リアルの生々しさは、覚悟のいるものなんだ。
 ……まあ、そういう事ばかりじゃないだろうけど。

 すると、ドアがノックされ、あたしはビクリとする。

 ――……だ、誰?
 
 一瞬、岡くんの姿がよぎり、首を振る。
 そして、恐る恐る、ドアスコープから確認すると、慌ててドアを開けた。
「ご、ごめんなさい、駆くん!」
 ――野口くんが、気まずそうに立っていた。
「いえ、何か、時間かかってる気がしたんで……どうかしたのかと……」
「だ、大丈夫!ちょっと、いろいろ確認してただけなの」
「ああ、窓の鍵とかですか。茉奈さんらしいですね」
「――そ、そう?」
 まあ、嘘はついていない。
 でも、女の裏事情は、バラしたくはないのだ。
「もう、大丈夫だから」
「じゃあ、行きますか」
「ええ」
 あたしは、うなづくと、部屋のドアを閉めて鍵をかける。
 ――その音が、妙に大きく、耳の中に響き渡った。

 それから、途中にあったマルタヤで食材を買い込み、野口くんの部屋に到着する。
 一応、お昼は作るという事で合意したのだ。
 冷蔵庫に食材を入れ、ふう、と、息を吐く。
「――部屋、涼しいわね」
「ああ、クーラー、一応、つけておいたんで」
「ありがとう。これなら、すぐに汗も引きそうだわ」
 ハンカチで、サッと額や首元の汗を拭く。
 少し外に出ただけで、コレだ。
 キスマークを隠す為に、髪を下ろしているから、余計暑いが仕方ない。
 すると、野口くんは、あたしを抱き寄せて囁く。
「――こうしたら、また暑くなりそうですけど」
「……バカ……」
 お互いに苦笑いすると、どちらともなく、唇を重ねる。
 すぐに離れるが、野口くんは、着ていたシャツを脱いだ。
 下は紺色のタンクトップだけ。
「――か、駆くん?」
「え?」
 服をベッドに投げ、キョトンとして返す彼に、あたしは、自分の邪な考えがバレそうで顔を背けた。
「茉奈さん?」
「そ、その……脱ぐとは思わなかったから……」
「――ああ、暑いし、自分の部屋だから気にならなかったです」
 彼をチラリと見やれば、細いけれど、適度についた腕の筋肉に目を奪われる。
 ――そういえば、こんな野口くんは、初めて見るかも……。
 いつも、会社用のスーツか、外で会う時は重ね着の服だ。
 こんなに肌を見る事など、無かった。
「あ、あの、茉奈さん」
「え?」
「……あんまり、見ないでください……。さすがに、恥ずかしいので……」
「え!あ、ウソ、ごめんなさい!」
 自覚が無いままに、ジロジロと見ていたらしい。
 野口くんは、若干、赤くなった顔で、困ったように笑った。
「――じゃあ、オレも、見て良いんですか?」
「えっ……それはっ……その……」
 しどろもどろに返すと、彼は軽くあたしを抱き寄せた。
「すみません。――意地悪言いました」
「ち、ちが……」
「茉奈さん?」
 あたしは、彼との間に腕を入れて離れると、見上げて言った。
「……あ、後、で……ね……?」
「――……っ……!!」
 息をのんだ野口くんは、そのまま、あたしを離した。
「か……「だからっ……ホント、無自覚なんですよね、あなたはっ……」
 そして、真っ赤になって、腕で顔を隠すように覆う。
 あたしは、その腕を取って、無理矢理下げた。
 野口くんは、戸惑いながら、あたしを見下ろす。
「……茉奈さん?」
「――……い、今のは、ちゃんと、自覚してるわよっ……」
「――え」
 そして、彼の返事を待たずに、自分からキスをする。
「茉奈さん」
「そっ……それよりっ……お昼、準備しようか」
「――ハイ」
 すぐに離れ、あたしは、下ろしていた髪を結ぼうとして、止まった。

 ――……コレ、髪上げると、キスマーク見えるわよね……。

「茉奈さん、どうかしましたか?」
 あたしの様子が気にかかったのか、野口くんがのぞき込んできたので、慌てて首を振った。
「だ、大丈夫。……今日は、駆くんが一人でできるメニューにしてみよう」
「え、で、でも」
「この前、次はできるって言ったわよね?」
「……言いましたけど……」
 ズルい言い方になってしまったけれど、仕方ない。
「洗い物はあたしがやるから、さ」
「じ、じゃあ、ちゃんと見ててくださいよ」
「もちろんよ」
 この前みたいに、包丁で手でも切られたら大変だし。
 野口くんは、うなづくと、冷蔵庫からキャベツや人参、玉ねぎなどを取り出して並べた。
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