Runaway Love
「――あれ」

 余韻に浸りながら、本を閉じると、既に差し込んでいた光は弱くなり、薄暗くなっていた。
 あたしは、手元に置いていたスマホで確認して、青くなってしまう。
「か、駆くん!」
「――え」
 顔を上げた彼は、キョトンとしてあたしを見る。
「ご、ごめんなさい!もう、六時過ぎてる!」
「え」
 驚いたように野口くんは窓の方を見やる。
 カーテンで外の様子は見えないが、暗さはわかったらしい。
「す、すみません。……すっかり入り込んでしまいました……」
 そう言うと、彼は苦笑いして、本を閉じる。
「あたしもよ。まあ、でも、おかげで終わったけど」
「そうですか。――じゃあ、ネタバレOKですね?」
「ええ」
 お互いに笑い合い、本棚に本を片付ける。
 そして、視線が合うと、自然と顔が近づく。
 軽くキスすると、野口くんは、あたしを抱きしめた。
「――……茉奈さん……オレ、やっぱり、ずっとあなたと一緒にいたいです」
「……駆くん」
 あたしの返事を待たずに、彼は、更に腕に力を込めた。
「……こんな風に、女性と時間を一緒に過ごせるのは――初めてで……」
 その言葉に、あたしはうなづく。
「――……あたしも、よ」
 それは、事実だ。
 岡くんとも、早川とも違う、時間の共有。
 二人でいるのに、一人の感覚。
 ――そんな風に感じるのは、初めてで。
 そんな事を思っていると、野口くんは更に口づけてきた。
「――んっ……」
 軽いキスではなく、身体の中を探られるような――。
 そして、それに、あたしはすぐに反応してしまう。
「茉奈さん」
 名前を耳元で囁かれ、ビクリ、と、肩が跳ね上がった。
 もう、弱い部分はバレてしまっているのだから、抵抗はできない。
「――可愛い」
「……バ、バカッ……」
 そのまま首元に唇が触れ、あたしは目を閉じる。
 けれど、不自然に感触が消え――一瞬で、心臓が冷えた。

 ――……キスマーク……消えて、ない……っ……!

 目を開けると、野口くんは、硬直したまま、あたしの首元を見つめている。
 それは――今まで見た事もないような、こわばった表情で――……。


 ――傷つけた。


 それだけは、すぐに理解できた。


「か、駆くんっ……」
 あたしは彼を呼ぶと同時に、唇がふさがれる。
 まるで、言葉を出させないように。

 ――でも、ちゃんと、言わないと。

 このまま――傷つけたままで良い訳が無い。

 あたしは、無理矢理、自分から彼を引きはがした。

「ねえ、聞いて――「聞きたくないです!!」

 瞬間、被せるように出た声の大きさに、怯む。
 こんな風に、野口くんが声を荒らげるのは、初めて見た。
 けれど――。

「駆くん!」
「嫌です――!聞きたくありません!!」

 駄々をこねる子供のように、彼は大きく首を振る。
 そして、顔を上げて、泣きそうな表情(かお)で、あたしを見た。


「聞いたら――終わるじゃないですかっ……!」


「――……っ……!」


 そんな事は無いと、言い聞かせたかった。
 けれど、言葉が続かない。

 だって、終わる事を、いつだって考えていたから。

 そして――それは、彼もわかっているのだ。


 ――……でも、それは、今じゃない。
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