Runaway Love
52
何だか聞き覚えのある口調に、眉を寄せる。
すると、野口くんは、クスリ、と笑って続けた。
「――オレが、新人の頃、あなたに言われたセリフですよ」
「――……え、そ、そうだっけ……?」
キョトンとしていると、彼はあたしの髪に顔をうずめて、続けた。
「――入社して、経理部配属されて一か月くらいでしたか。オレ、上の資格あったし、割と自分でも仕事できてると思って、一人でさっさと進めてましたよね。言われる前に終わらせられるのが、できるヤツだと思ってて――」
「――ああ、そうね。……大野さんが、少しキレてたかしら、あの頃は」
彼は、苦笑いして、うなづく。
「今思えば、恥ずかしい限りなんですけどね。……何より、人と接したくなかったんで」
「……そうね。――ああ、思い出した。”鈴原資料紛失事件”」
「……そんな名称ついてたんですか」
「ええ、あたしと、部長と、大野さんの三人の間だけでね」
眉をしかめる彼に、あたしは笑いかけた。
――おい、杉崎!青いファイル、見てねぇか⁉
銀行から戻って来た大野さんが、大声で怒鳴るように言う。
――え?何のファイルですか?
あたしが聞き返すと、苦虫を噛み潰したような表情で返された。
――鈴原冷食との業務提携の資料だよ。経理部の方で、一旦、数字の監査頼まれてたヤツだ。少し前に話あっただろ。
――そう言えば……。
――さっき、青いクリアファイルに入れて、机に上げっぱなしだったんだよ。銀行、急ぎだったから。お前、見てなかったか?
――……ええ……。……チラッと見た気はするんですが……。
確かに、青いものが視界に入った気はしている。
だが、それがそうだという確信は無い。
あたしが、眉をひそめていると、野口くんが、あっさりと言ったのだ。
――それなら、全部、データ取り込んだので処分しました。
――……ハアぁア!!?
――あのくらいなら、パソコンで処理した方が早いです。
当然、という雰囲気の彼に、大野さんがキレた。
――お前、何、勝手な事してんだ!早いとかの問題じゃない!お前の仕事じゃないだろ!
胸倉を掴む勢いの大野さんを、部長が止めて言った。
――野口くん、キミが有能なのはわかるし、ウチに来てくれて助かってる。けれど、誰にも何も言わずに、一人で決めるのはどうだろうな。
野口くんは、あたし達を見回すと立ち上がり、軽く頭を下げ、部屋を出て行き――。
――杉崎、悪い、頼む。
――……わかりました。
あたしは、大野さんにうなづくと、野口くんを追いかける為、部屋を出た途端、エレベータ-が到着する音が響き渡り、ギクリとした。
――野口くん!
そのまま出て行くと思い、あたしは、あわてて声をかけた。
振り返った彼は、まだ、長い前髪のままで、表情はわからなかった。
けれど、このまま行かせる訳にはいかないのだ。
せっかく、縁があって、この会社に来たのだから。
あたしは、立ち止まった彼の腕を取り、言った。
――野口くんは、良かれと思ったかもしれないけれどね。誰にも、何も言わないで勝手にしたら、それは、怒られても仕方ないのよ。
反応が無いが、続けるしかない。
そう思い、あたしは言葉を選んだ。
――あなた一人で仕事してるんじゃないんだからね。
真っ直ぐに野口くんを見て言うと、彼は、少しだけ止まり、そして頭を下げた。
――……すみませんでした。
そして、部屋に戻り、二人にも頭を下げたのだった。
資料の件は、部長が何とかごまかしてくれて、公になる事は無かったが、野口くんは、それから何かにつけ、あたし達に確認するようになったのだ。
それは、自分の裁量でできる仕事を任せられた今でも、時々は、部長や大野さんにしている。
あたしは、野口くんの胸に顔をうずめたまま、思い出し笑いを浮かべる。
「……そんな事もあったわね……」
「――……本当は、あの時から、あなたの事が気になってたんですよ」
「え」
見上げれば、眉を下げる彼。
「……バラす気は無かったんですけどね」
「……ぜ、全然気づかなかったんだけど……」
「――だって、早川主任と付き合ってると思ってましたし……それに、まあ、恋愛感情というより、淡い憧れみたいなものだったんで」
「……早川との事は、誤解よ」
「誤解が生まれるくらいには、距離が近かったんですよ、あなた達は」
そう言われてしまえば、黙るしかない。
すると、野口くんは、苦笑いしながらあたしを見た。
「だから、それ以上は踏み込みたくはなかったんです。――始まらなければ、終わらないですから」
「駆くん」
「――でも、オレ、茉奈さんが、初めてなんです。……ちゃんと叱ってくれた女性は」
「……え?」
キョトンとして返すあたしを、野口くんは、そっと抱きしめた。
すると、野口くんは、クスリ、と笑って続けた。
「――オレが、新人の頃、あなたに言われたセリフですよ」
「――……え、そ、そうだっけ……?」
キョトンとしていると、彼はあたしの髪に顔をうずめて、続けた。
「――入社して、経理部配属されて一か月くらいでしたか。オレ、上の資格あったし、割と自分でも仕事できてると思って、一人でさっさと進めてましたよね。言われる前に終わらせられるのが、できるヤツだと思ってて――」
「――ああ、そうね。……大野さんが、少しキレてたかしら、あの頃は」
彼は、苦笑いして、うなづく。
「今思えば、恥ずかしい限りなんですけどね。……何より、人と接したくなかったんで」
「……そうね。――ああ、思い出した。”鈴原資料紛失事件”」
「……そんな名称ついてたんですか」
「ええ、あたしと、部長と、大野さんの三人の間だけでね」
眉をしかめる彼に、あたしは笑いかけた。
――おい、杉崎!青いファイル、見てねぇか⁉
銀行から戻って来た大野さんが、大声で怒鳴るように言う。
――え?何のファイルですか?
あたしが聞き返すと、苦虫を噛み潰したような表情で返された。
――鈴原冷食との業務提携の資料だよ。経理部の方で、一旦、数字の監査頼まれてたヤツだ。少し前に話あっただろ。
――そう言えば……。
――さっき、青いクリアファイルに入れて、机に上げっぱなしだったんだよ。銀行、急ぎだったから。お前、見てなかったか?
――……ええ……。……チラッと見た気はするんですが……。
確かに、青いものが視界に入った気はしている。
だが、それがそうだという確信は無い。
あたしが、眉をひそめていると、野口くんが、あっさりと言ったのだ。
――それなら、全部、データ取り込んだので処分しました。
――……ハアぁア!!?
――あのくらいなら、パソコンで処理した方が早いです。
当然、という雰囲気の彼に、大野さんがキレた。
――お前、何、勝手な事してんだ!早いとかの問題じゃない!お前の仕事じゃないだろ!
胸倉を掴む勢いの大野さんを、部長が止めて言った。
――野口くん、キミが有能なのはわかるし、ウチに来てくれて助かってる。けれど、誰にも何も言わずに、一人で決めるのはどうだろうな。
野口くんは、あたし達を見回すと立ち上がり、軽く頭を下げ、部屋を出て行き――。
――杉崎、悪い、頼む。
――……わかりました。
あたしは、大野さんにうなづくと、野口くんを追いかける為、部屋を出た途端、エレベータ-が到着する音が響き渡り、ギクリとした。
――野口くん!
そのまま出て行くと思い、あたしは、あわてて声をかけた。
振り返った彼は、まだ、長い前髪のままで、表情はわからなかった。
けれど、このまま行かせる訳にはいかないのだ。
せっかく、縁があって、この会社に来たのだから。
あたしは、立ち止まった彼の腕を取り、言った。
――野口くんは、良かれと思ったかもしれないけれどね。誰にも、何も言わないで勝手にしたら、それは、怒られても仕方ないのよ。
反応が無いが、続けるしかない。
そう思い、あたしは言葉を選んだ。
――あなた一人で仕事してるんじゃないんだからね。
真っ直ぐに野口くんを見て言うと、彼は、少しだけ止まり、そして頭を下げた。
――……すみませんでした。
そして、部屋に戻り、二人にも頭を下げたのだった。
資料の件は、部長が何とかごまかしてくれて、公になる事は無かったが、野口くんは、それから何かにつけ、あたし達に確認するようになったのだ。
それは、自分の裁量でできる仕事を任せられた今でも、時々は、部長や大野さんにしている。
あたしは、野口くんの胸に顔をうずめたまま、思い出し笑いを浮かべる。
「……そんな事もあったわね……」
「――……本当は、あの時から、あなたの事が気になってたんですよ」
「え」
見上げれば、眉を下げる彼。
「……バラす気は無かったんですけどね」
「……ぜ、全然気づかなかったんだけど……」
「――だって、早川主任と付き合ってると思ってましたし……それに、まあ、恋愛感情というより、淡い憧れみたいなものだったんで」
「……早川との事は、誤解よ」
「誤解が生まれるくらいには、距離が近かったんですよ、あなた達は」
そう言われてしまえば、黙るしかない。
すると、野口くんは、苦笑いしながらあたしを見た。
「だから、それ以上は踏み込みたくはなかったんです。――始まらなければ、終わらないですから」
「駆くん」
「――でも、オレ、茉奈さんが、初めてなんです。……ちゃんと叱ってくれた女性は」
「……え?」
キョトンとして返すあたしを、野口くんは、そっと抱きしめた。