Runaway Love
 目が覚めて、目の前には、岡くんの顔。
 デジャヴかと思い、思わず飛び起きる。
 けれど、一緒に寝ていた訳じゃなく、岡くんは、ベッドの脇に座ったまま、あたしをジッと見ていたのだ。
「……良かった……起きた……」
「お、岡くん?」
 心底、安心したように言うので、あたしはキョトンとする。
「すみません……。自分でも、ちょっと、やりすぎかと思ったんですけど……抑えられなくて」
 その瞬間、気を失う前までの事がよみがえり、あたしはベッドの中にもぐりこむ。
 ――あ、大丈夫だった。
 部屋着は元にもどされ、不自然な痛みも無い。
 ひとまずホッとしたけれど。
「……茉奈さん、怒ってます……よね……」
 そおっと布団をめくって、のぞきこんでくる岡くんは、まるで、しかられ待ちの仔犬のようだ。
「……”待て”くらい、できないの、アンタは?」
「え?」
 思わずこぼしてしまったけれど、彼には通じなかったようで、一安心だ。
「……何でもない。それより、今何時?」
 どれだけ気を失っていたのやら。
 岡くんは、チラリと壁にかかっている時計を見やった。
「……八時半、です」
 家に帰ったのが、六時半過ぎ。
 ゴタゴタして、気絶してから、大体一時間ちょいってトコか。
 あたしは、ため息をついて、起き上がった。
「……帰らなくて良いの?」
「だって、心配じゃないですか!」
 岡くんは、力を込めて言う。
「……オレのせいですし。……でも、茉奈さんも悪いんですよ」
「だ、だから、覚えてないのはごめんなさい」
 ――でも、覚えてないものは、覚えてないんだから、しょうがないじゃない。
 心の中で、そう続いてボヤいてしまう。
 すると、岡くんは、あたしの頬にそっと触れる。
「……違いますよ。――あんな色っぽい表情(カオ)、反則ですってば」
「……は??」
 聞いた事の無いセリフに、あたしは目を丸くする。
 何を言ってんだ、このコは。
「ホラ、自覚無い。だから、タチが悪いんですよ」
「し、失礼ね!」
 岡くんは、そのまま軽くキスをしてくる。
 何だか、耐性がついたのか、反応が鈍くなる。
 ――ていうか、ちょっとだけ、気持ち良いなんて、思ってしまう。
 あたしの反応に、岡くんは眉を寄せた。
「……だから、そういう表情(カオ)ですってば」
「知らないわよ、そんなの」
「誰かに襲われないか、心配なんですからね」
「アンタ以外、誰がいるって……」
 そこまで言って、不自然に止まってしまった。
 ああ、そう言えば――早川がいたか。
「茉奈さん?」
「そ、そんな物好き、アンタくらいでしょ、って」
「――ウソ。アイツだって、茉奈さんのコト好きでしょ」
「え」
 心の中が読まれたかと思って、ギクリとする。
 岡くんは、ジッと、あたしの目を見つめてきた。
「わかりますよ、そういうのって。――だから、牽制してたのに」
「……変なトコに、頭使わないでよ。院生なんでしょ、勉強に使いないさいよ」

「一番は、茉奈さんが喜ぶコトに使いたいですよ」

 思わぬ返しに、あたしは言葉を失った。
 瞬間、跳ね上がった心臓は、無理矢理押さえつける。

「――物好き」

 それだけしか、言えなかった。
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