Runaway Love
 ゆっくりと目を開けると、カーテンから差し込む光に、少しだけ違和感を覚えた。
 そして、目の前で眠っている野口くんのキレイな顔に驚き、反射的に起き上がってしまう。

 ――……ダメだ。朝一発目に、この顔は心臓に悪い。

「……おはようございます……茉奈さん……」
 すると、その動きに反応するかのように、彼は目を開け、少しだけ寝ぼけたように、甘い声で言う。
「……お、おは、よ……」
「――また、噛みましたね」
 クスクスと笑いながら起き上がると、上半身裸のままの野口くんは、裸のままのあたしを抱き寄せた。
「……意地悪」
「すみません。――身体、大丈夫ですか?」
「――……だるいに決まってるじゃない」
 あたしの返しに、彼は困ったように笑う。
 結局、あの後、抱き潰されたような形になってしまったのだ。
 まさか、自分がそんな目に遭うとは思わなかった。
「すみません。……何か、リミッターが外れたみたいで」
 何だか、吹っ切れたような野口くんの笑顔に、少しだけ見とれるが、あたしは視線をそらす。
「……開き直らないの」
「開き直りもしますよ。……これから、本気であなたを攻略しなきゃならないんですから」
「なっ……」
「でも、二人より、少しはリードしてるんですよね?」
「か、駆くん?」
 今までの彼からは、想像つかない言葉に、困惑してしまう。
 すると、軽く頬に口づけられた。

「――オレ、自分の全部で、あなたを振り向かせてみせますよ。……覚悟、しててください」

 あたしは、目を丸くして、硬直する。
 そして、その言葉が脳内に届いた瞬間、全身真っ赤になったのだった。


「じゃあ、気をつけて。――行ってらっしゃい、茉奈さん」

「あ、ありがとう。……い、行って、きます……?」

 微妙な返しに、車を停めた野口くんは、クスクスと笑いあたしを降ろしてくれる。
 さすがに、工場の真ん前は恥ずかしいので、少し離れたところ。
 横断歩道を渡り終えると、それを確認した彼は、車を出した。
 あたしは、ゆっくりと歩き出す。
 油断してると、姿勢が少し悪くなりそうで、意識して背筋を伸ばした。

 ――距離を置く、というよりも、片想いに戻ります。

 そう、野口くんは言ってくれた。
 別れるというよりも、偽装に戻る。
 そもそも彼と付き合う目的は、会社でのウワサを消す為だったのだから、目的が達成されれば、そこで終わる。
 そして――改めて、彼は、告白すると、宣言したのだ。

 だから、茉奈さんは、いつも通りにしていてください。

 なかなか難しい事を言ってくれた野口くんは、出勤時間ギリギリまで、あたしから離れてはくれなかった。
 これからを考えると、不安になるけれど――そうまでして、あたしの意思を尊重してくれたのだから、あたしだって、いつまでも同じではいられない。

 ――難しいかもしれないけれど、一度、ちゃんと、自分と向き合ってみよう。

 そして――もしも、誰を選ぶ事も出来なくても――それは、後悔するような結果ではないはずだ。

 みんな、きっと、わかってくれるだろう。

 ――それくらいは、信用できる。

 あたしは、深呼吸をしながら、工場の門を通り、入り口のドアを開けた。
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