Runaway Love
「あれ、珍しいですね、杉崎さんが社食なんて」
さすがに、あの状況でお弁当は作れないので、社食に並んでいると、後ろから工場の若い女性陣が五人ほどダベりながらやって来た。
そして、あたしの姿を見つけると、駆け寄って来てそう言ったのだ。
「ええ、まあ……休み明けだったし……面倒になっちゃって」
すると、一人がニヤニヤし始める。
「いいなぁー、お休み中、野口さんとラブラブでー」
「え」
「見ちゃいましたよ、朝。送ってもらってましたよね?」
「え、あ、あの、あれは……」
「ヤダ、照れちゃって、カワイイー!」
そう言って、彼女達は、あたしを囲みながら、社食の列を進む。
「カワイイって……アラサー女に言う事じゃないでしょう」
あたしの言葉に、全員が目を丸くする。
「えー!そんなの、全然カンケー無いじゃないですかあ!」
「で、でも」
「おいおい、話なら、テーブルでしろー」
あたしが、どうにか否定しようとしていると、後ろからオジサン社員につつかれた。
我に返って見やれば、社食の列は数人分の間が空いている。
「す、すみません」
「ごめんなさいー!今、行きますー!」
「まったく、よく、そんな盛り上がれるなぁー」
「女子の会話、聞き耳立てないでくださいー!」
慌てるあたしとは対照的に、若い娘達は、そう言い返しながら、平然と進む。
やはり、まだ、この雰囲気には気おくれしてしまうのだ。
だが、全部のやり取りが、ピリピリしたものではなく、家庭的なそれに、どこか安心もしている。
――ここなら、少しは穏やかに続けられるかもしれない。
そう、思えた。
その日の社食は、そのまま、あたしの休日の過ごし方のインタビューになってしまい、その流れで女子会に誘われてしまった。
初めての事に、動揺するが、懇願されて半ば強制連行された先は――
”けやき”だった。
「いらっしゃいませ、お待たせしました」
先日程の列ではないが、やはり、数組の集団が待っている中、あたし達は十五分待ちで案内された。
一瞬、岡くんが来るかと思ったが、店内を見やれば彼の姿は無く、胸を撫で下ろす。
今回参加したのは、あたしを入れて五人。
四人掛けのテーブル席に、一つイスを足してもらい、あたしはそこに座らされた。まるで、お誕生日席だ。
「良かったー、そんなに待たなくて」
そう言ったのは、誘ってくれた張本人の藤沢さんだ。
つい最近、彼氏と別れたという彼女。
けれど、その明るさは、変わらずのようだ。
それぞれ、メニューを見ながら、注文を決める。
ひとまず、全員でオムライスを頼み、あとは数品、シェアできるものを頼んだ。
そして、飲み物が先に置かれると、先に乾杯。
「じゃあ、お疲れ様でしたー!」
全員でグラスを合わせ、あたしも、アイスティーを口に含む。
氷は少な目で、そこまで身体にキツくない。
「――で、杉崎さん、お盆休み、どうでした?」
「え、ど、どうって……」
「やっぱり、お泊り?」
「――……えっと……ま、まあ……」
口ごもりながらもうなづくと、全員に生温い目で見られる。
「やっぱり、杉崎さん、カワイイよねー」
「照れてると、イメージ変わりますよね」
口々にそう言われ、あたしは縮こまりながら、グラスに刺さったストローを手で回す。
「そ、それ、やめない?ホント、カワイイとか無いから……」
「またまたー!あ、でも、いつもはクールだから、ギャップ萌え?」
「あ、そうそう。そっち系かも」
盛り上がっていく会話についていけず、あたしはチラリと店内を見やる。
いつも盛況の店は、今日も満員で、カップルも友人同士も家族連れも、みんな笑顔で食事を楽しんでいた。
――こういうお店で、あのコは育ったのか。
お祖父さん子だと言っていた。
厨房で、料理を作っているそばで、じっとその様子を見ている――そんな、小さな頃の岡くんを想像できて、思わず口元が上がった。
「杉崎さん?」
「え、あ。ご、ごめんなさい、何?」
「いえ、気のせいかもしれないですけど、杉崎さんのグラス、氷少なくないですか?注文の時、減らしましたっけ?」
「――え」
目の前の彼女達のグラスを見やると、大きな氷がいくつも入っている。
けれど――あたしのものには、小さなものが二つだけ。
「え、あれ……?」
あたしがキョトンとしていると、
「すみません。――オレがやりました」
「え」
不意に会話に入って来た声に、思わず顔を上げた。
そこには、困ったように微笑う――岡くんが、いた。
さすがに、あの状況でお弁当は作れないので、社食に並んでいると、後ろから工場の若い女性陣が五人ほどダベりながらやって来た。
そして、あたしの姿を見つけると、駆け寄って来てそう言ったのだ。
「ええ、まあ……休み明けだったし……面倒になっちゃって」
すると、一人がニヤニヤし始める。
「いいなぁー、お休み中、野口さんとラブラブでー」
「え」
「見ちゃいましたよ、朝。送ってもらってましたよね?」
「え、あ、あの、あれは……」
「ヤダ、照れちゃって、カワイイー!」
そう言って、彼女達は、あたしを囲みながら、社食の列を進む。
「カワイイって……アラサー女に言う事じゃないでしょう」
あたしの言葉に、全員が目を丸くする。
「えー!そんなの、全然カンケー無いじゃないですかあ!」
「で、でも」
「おいおい、話なら、テーブルでしろー」
あたしが、どうにか否定しようとしていると、後ろからオジサン社員につつかれた。
我に返って見やれば、社食の列は数人分の間が空いている。
「す、すみません」
「ごめんなさいー!今、行きますー!」
「まったく、よく、そんな盛り上がれるなぁー」
「女子の会話、聞き耳立てないでくださいー!」
慌てるあたしとは対照的に、若い娘達は、そう言い返しながら、平然と進む。
やはり、まだ、この雰囲気には気おくれしてしまうのだ。
だが、全部のやり取りが、ピリピリしたものではなく、家庭的なそれに、どこか安心もしている。
――ここなら、少しは穏やかに続けられるかもしれない。
そう、思えた。
その日の社食は、そのまま、あたしの休日の過ごし方のインタビューになってしまい、その流れで女子会に誘われてしまった。
初めての事に、動揺するが、懇願されて半ば強制連行された先は――
”けやき”だった。
「いらっしゃいませ、お待たせしました」
先日程の列ではないが、やはり、数組の集団が待っている中、あたし達は十五分待ちで案内された。
一瞬、岡くんが来るかと思ったが、店内を見やれば彼の姿は無く、胸を撫で下ろす。
今回参加したのは、あたしを入れて五人。
四人掛けのテーブル席に、一つイスを足してもらい、あたしはそこに座らされた。まるで、お誕生日席だ。
「良かったー、そんなに待たなくて」
そう言ったのは、誘ってくれた張本人の藤沢さんだ。
つい最近、彼氏と別れたという彼女。
けれど、その明るさは、変わらずのようだ。
それぞれ、メニューを見ながら、注文を決める。
ひとまず、全員でオムライスを頼み、あとは数品、シェアできるものを頼んだ。
そして、飲み物が先に置かれると、先に乾杯。
「じゃあ、お疲れ様でしたー!」
全員でグラスを合わせ、あたしも、アイスティーを口に含む。
氷は少な目で、そこまで身体にキツくない。
「――で、杉崎さん、お盆休み、どうでした?」
「え、ど、どうって……」
「やっぱり、お泊り?」
「――……えっと……ま、まあ……」
口ごもりながらもうなづくと、全員に生温い目で見られる。
「やっぱり、杉崎さん、カワイイよねー」
「照れてると、イメージ変わりますよね」
口々にそう言われ、あたしは縮こまりながら、グラスに刺さったストローを手で回す。
「そ、それ、やめない?ホント、カワイイとか無いから……」
「またまたー!あ、でも、いつもはクールだから、ギャップ萌え?」
「あ、そうそう。そっち系かも」
盛り上がっていく会話についていけず、あたしはチラリと店内を見やる。
いつも盛況の店は、今日も満員で、カップルも友人同士も家族連れも、みんな笑顔で食事を楽しんでいた。
――こういうお店で、あのコは育ったのか。
お祖父さん子だと言っていた。
厨房で、料理を作っているそばで、じっとその様子を見ている――そんな、小さな頃の岡くんを想像できて、思わず口元が上がった。
「杉崎さん?」
「え、あ。ご、ごめんなさい、何?」
「いえ、気のせいかもしれないですけど、杉崎さんのグラス、氷少なくないですか?注文の時、減らしましたっけ?」
「――え」
目の前の彼女達のグラスを見やると、大きな氷がいくつも入っている。
けれど――あたしのものには、小さなものが二つだけ。
「え、あれ……?」
あたしがキョトンとしていると、
「すみません。――オレがやりました」
「え」
不意に会話に入って来た声に、思わず顔を上げた。
そこには、困ったように微笑う――岡くんが、いた。