Runaway Love
送ると言い張った岡くんを振り切り、あたしはタクシーでアパートに帰った。
部屋に入るとすぐに荷物を置いて、大きく息を吐く。
――……まさか、こんな事になるなんて……出る時には想像もつかなかった。
でも、もう、戻れない。
――……逃げる事は、できない。
あたしは、スマホをバッグから取り出すと、早川の番号を出し、深呼吸する。
――……たぶん、もう、大阪に戻っているはずだ。
少しだけ震える手で、無理矢理発信ボタンを押す。
すると、二コールもしないうちに、早川は出た。
『茉奈?』
「――……い、今、どこ……?」
『ん?ああ、もう、こっちの部屋に着いてる。今、荷ほどきしてるトコだから』
「……そう……」
あたしは、深呼吸して、口を開こうとするが、どう言ったらいいのかわからない。
だが、早川はそれよりも先に、あたしに尋ねる。
『――何か、あったのか?』
その優しい問いかけに、心臓は跳ね上がった。
どうして、いつもいつも、アンタって――……。
あたしは、一度口を閉じると、再び開く。
ようやく出た声は、少しだけ震えた。
「……あ、あの、さ……」
電話の向こうの早川は無言のままだが、きっと、穏やかにあたしの言葉を待っていてくれる。
――アイツは、そういうヤツだ。
「……あたし、さ――……。……の……野口くんと……い、一度……距離、置く事に……した、から……」
途切れ途切れになった言葉。
反応はわからないが、早川は、きちんと聞き取っただろう。
あたしは、恐る恐る、声をかけた。
「……は、早川……?」
『――何か、あったんだろ。……お前が、そう言うって事は……』
――……もう……何で、そう、いちいち勘が働くのよ。
「――……いろいろ、よ」
ごまかす訳では無いが、どう説明してみようもない。
早川は、少しだけ、あきれたように言う。
『何だよ、そりゃ』
「……それで……あたし、アンタ達と向き合う前に、自分自身と向き合って考えたいって、思ったの」
『……え?』
何でもない事のように言ってみたが、コイツがスルーしてくれるはずもない。
驚いたような返しに、あたしは、再び大きく息を吐いた。
「――……考えて……いつになるか、わからないけれど……答えが出たなら……その時、改めて、アンタ達の事も考えたいって思った」
『――……っ……』
息をのんだ早川は、少しだけ震える声で、あたしを呼ぶ。
『――茉奈』
「……何よ」
『……それは……まだ……俺にも、チャンスはある、ってコトで良いのか……?』
その問いかけには、思わず苦笑いしてしまう。
「わかんないわよ。……大体、そんな時間待たなくても、アンタなら、すぐに、他に良い女性見つかるでしょうに」
『バカ言うな。――いつまでだって、待つ』
「待っても、望んだ答えは出ないかもしれないのに?」
『――……それでも、だ』
言い切った早川は、少し間をあけて、続けた。
『……その時、もし、俺を選んでくれるのなら――……』
「……早川?」
『杉崎茉奈さん』
「――……え?」
聞き慣れない呼び方に、一瞬、戸惑う。
だが、早川は、きっぱりとした口調で言った。
『――俺と、結婚してください』
「――……っ……!!」
あたしは、スマホを持ったまま硬直する。
すると、すぐに耳元で、クスリ、と、笑う声。
「……は、やか、わ……?」
『――……もう、そのくらいの覚悟でいろ、ってコトだ』
「で、でもっ……!」
絶対、アンタを選ぶ保証なんて、どこにも無いのに。
『――……大丈夫だ。……いつまでだって、待つから』
「……早川……」
『こんな時くらい、名前で呼べよ』
無理矢理な明るい口調に、あたしは、涙を浮かべる。
――こんなに想ってもらえるのに、あたしは……何で……。
だが、手でそれを雑にこすると、口を開いた。
「……あり……がとう……。――……崇也……」
『……ああ。……そっち、戻ったら、一番に会いに行くからな』
「……バカ……。……急に来ないでよね……」
苦笑いして、通話を終えようとすると、早川は一瞬先に言う。
『――バカ。会いたいんだよ。……じゃあな、茉奈』
「……ええ……。……じゃあ、ね……」
『――愛してるぞ』
「……っ……なっ……!」
不意打ちの言葉に絶句しそうになる。
まさか、コイツまでそんな事を言うとは。
だが、早川は上機嫌で通話を終えた。
真っ赤になった顔をそのままに、あたしは、スマホからの通話終了の音を聞き流していたのだった。
部屋に入るとすぐに荷物を置いて、大きく息を吐く。
――……まさか、こんな事になるなんて……出る時には想像もつかなかった。
でも、もう、戻れない。
――……逃げる事は、できない。
あたしは、スマホをバッグから取り出すと、早川の番号を出し、深呼吸する。
――……たぶん、もう、大阪に戻っているはずだ。
少しだけ震える手で、無理矢理発信ボタンを押す。
すると、二コールもしないうちに、早川は出た。
『茉奈?』
「――……い、今、どこ……?」
『ん?ああ、もう、こっちの部屋に着いてる。今、荷ほどきしてるトコだから』
「……そう……」
あたしは、深呼吸して、口を開こうとするが、どう言ったらいいのかわからない。
だが、早川はそれよりも先に、あたしに尋ねる。
『――何か、あったのか?』
その優しい問いかけに、心臓は跳ね上がった。
どうして、いつもいつも、アンタって――……。
あたしは、一度口を閉じると、再び開く。
ようやく出た声は、少しだけ震えた。
「……あ、あの、さ……」
電話の向こうの早川は無言のままだが、きっと、穏やかにあたしの言葉を待っていてくれる。
――アイツは、そういうヤツだ。
「……あたし、さ――……。……の……野口くんと……い、一度……距離、置く事に……した、から……」
途切れ途切れになった言葉。
反応はわからないが、早川は、きちんと聞き取っただろう。
あたしは、恐る恐る、声をかけた。
「……は、早川……?」
『――何か、あったんだろ。……お前が、そう言うって事は……』
――……もう……何で、そう、いちいち勘が働くのよ。
「――……いろいろ、よ」
ごまかす訳では無いが、どう説明してみようもない。
早川は、少しだけ、あきれたように言う。
『何だよ、そりゃ』
「……それで……あたし、アンタ達と向き合う前に、自分自身と向き合って考えたいって、思ったの」
『……え?』
何でもない事のように言ってみたが、コイツがスルーしてくれるはずもない。
驚いたような返しに、あたしは、再び大きく息を吐いた。
「――……考えて……いつになるか、わからないけれど……答えが出たなら……その時、改めて、アンタ達の事も考えたいって思った」
『――……っ……』
息をのんだ早川は、少しだけ震える声で、あたしを呼ぶ。
『――茉奈』
「……何よ」
『……それは……まだ……俺にも、チャンスはある、ってコトで良いのか……?』
その問いかけには、思わず苦笑いしてしまう。
「わかんないわよ。……大体、そんな時間待たなくても、アンタなら、すぐに、他に良い女性見つかるでしょうに」
『バカ言うな。――いつまでだって、待つ』
「待っても、望んだ答えは出ないかもしれないのに?」
『――……それでも、だ』
言い切った早川は、少し間をあけて、続けた。
『……その時、もし、俺を選んでくれるのなら――……』
「……早川?」
『杉崎茉奈さん』
「――……え?」
聞き慣れない呼び方に、一瞬、戸惑う。
だが、早川は、きっぱりとした口調で言った。
『――俺と、結婚してください』
「――……っ……!!」
あたしは、スマホを持ったまま硬直する。
すると、すぐに耳元で、クスリ、と、笑う声。
「……は、やか、わ……?」
『――……もう、そのくらいの覚悟でいろ、ってコトだ』
「で、でもっ……!」
絶対、アンタを選ぶ保証なんて、どこにも無いのに。
『――……大丈夫だ。……いつまでだって、待つから』
「……早川……」
『こんな時くらい、名前で呼べよ』
無理矢理な明るい口調に、あたしは、涙を浮かべる。
――こんなに想ってもらえるのに、あたしは……何で……。
だが、手でそれを雑にこすると、口を開いた。
「……あり……がとう……。――……崇也……」
『……ああ。……そっち、戻ったら、一番に会いに行くからな』
「……バカ……。……急に来ないでよね……」
苦笑いして、通話を終えようとすると、早川は一瞬先に言う。
『――バカ。会いたいんだよ。……じゃあな、茉奈』
「……ええ……。……じゃあ、ね……」
『――愛してるぞ』
「……っ……なっ……!」
不意打ちの言葉に絶句しそうになる。
まさか、コイツまでそんな事を言うとは。
だが、早川は上機嫌で通話を終えた。
真っ赤になった顔をそのままに、あたしは、スマホからの通話終了の音を聞き流していたのだった。