Runaway Love
「ね、ねえ、ホラ、並んでるしっ……!」
「そんなに待たないと思いますよ。平日ですし」
「でもっ……」
 問答無用で”けやき”の駐車場に停めた車から降ろされると、あたしは手を引かれ、建物の入り口まで連れて行かれた。
 その間も抵抗はしてみたが、野口くんはお構いなしに、列の最後尾に並ぶ。
「この前、変更したから、今日は来てみようかと思って」
「――だって、それは……」

 岡くんが、バイトしているからで――……。

 あたしは、チラリと建物の窓を見やる。
 相変わらずの入り具合で、店内は活気にあふれていた。
 裏手にあった換気扇からは、デミグラスソースだろうか。良い香りが漂ってくる。
 その間にも、列は進んでいき、ついに、あたしは根負けした。
「……あんまり、ヘンな事、言わないでね……」
「ハイ。……別に、《《彼》》がいても、お互い立場がありますし。……茉奈さんは、同僚と食事っていう(てい)でいてくださいよ」
「……簡単に言わないでよ……」
 挙動不審にならない自信など無い。
「――まあ、今は、オレも彼も……同じですから」
「え」
 あたしが顔を上げると、野口くんは、少しだけ、悲しそうに微笑んだ。

 ――……同じ、片想い同士、という事か。

「――……そっか……」
 うなづくと同時に、更に列は進み、それから十五分程で、あたし達は店内に案内された。


 先日、母さんと座った席よりも一つ手前の二人掛け。
 向かい合った野口くんには、早速、女性陣の視線が向けられている。
 ……そう言えば、前のファミレスの時は、まだ、前髪は長かったか。
 置かれていたメニュー表を見やり、あたしは悩む。
 この前は、ビーフシチュー。テイクアウトでオムライスだったし……。
 せっかくなのだから、いろんなものを食べてみたいとは思う。

「いらっしゃいませ、茉奈さん」

「え」

 あたしは、出された水のグラスから、視線を上げ――固まった。

「……お……岡くん……」

 そこには、トレイを持ったまま、あたしに笑いかける、彼が立っていた。

 ――……ど、どうしよう!

 ……どうしたら良いの……⁉?

 挙動不審になりかけたあたしを見やると、岡くんは、野口くんに視線を移した。
「いらっしゃいませ、ご注文、お決まりですか?」
「――ああ、ハイ」
 目の前で交わされる淡々としたやり取りに、背中に嫌な汗が流れる。

 ……ねえ、コレ、一体どういう図よ⁉

 そんなあたしを横目に、野口くんはオムライスのセットを頼む。
「かしこまりました。茉奈さん、決まりました?」
「えっ、あ、えっと……」
 慌ててメニューに視線を戻すと、すぐに目に入った煮込みハンバーグを指さした。
 この際、何でも良い。ハズレは無いはずだ。
 岡くんは、ニコリ、と、うなづき、
「かしこまりました」
 そう言ってメモを取ると、厨房に戻って行った。

「茉奈さん、スゴイ顔してましたけど」

「えっ……⁉」

 クスクスと笑いながら、野口くんに言われ、思わず両手で顔を押さえてしまった。
「……そんなに身構えないでくださいよ」
「――……だって……」
 そのまま見上げると、彼は眉を寄せる。
 何か気に障ったのかとあせったが、苦笑いで返された。
「そろそろ、鏡、持って来ましょうか?」
「えっ、いっ、いいわよっ……!」
 こればかりは、そう言われてもどうしようもない。
 それは、彼もわかっている。
 その上で、言っているのだ。
 少しだけふてくされ、あたしは、窓の外を見やった。
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