Runaway Love
 ――着信。

 ――……岡くんだ……。

 一瞬、ギクリと身体がこわばる。
 けれど、深呼吸して、通話を押した。

『あ、茉奈さん、今大丈夫ですか?』

「――……何」

 かろうじて出た言葉に、内心苦る。
 岡くんは、それには何も触れずに続けた。
『……驚きました。……まさか、他の男性と来るとは思わなかったので』
「え?」
『え?』
 ――他のって……誰の事言って……。
 そこまで考え、あたしはようやく気がついた。

 岡くんが会ったのは――前髪を切る前の、野口くんだ。

 だから、平然としていたのか。

 あたしは、ようやく納得する。と、同時に、もし、気がついていたらと思ったら、背筋が凍った。
『茉奈さん?』
「え、あ、あのね……彼……野口くんよ」

『え』

 完全に、絶句している。
 それもそうだろう。
 以前(まえ)の姿しか知らない人は、彼が野口くんだとはわからないはずだ。
『……どこのモデルと一緒かと思いました……』
「中身は変わらないわよ」
 外見をどうこう言われるのは、野口くんの本意ではない。
 それは、間違いたくない。
『……そうですか……。でも、じゃあ、よく来ようと思いましたね』
「――……あたしだって、粘ったわよ。でも、無理だった」
 言い訳のようになるが、仕方ない。事実だ。
『……野口さん、距離置く、って、理解してますか?』
 少しだけ不機嫌そうに言う彼。その表情が簡単に想像できて、苦笑いが浮かぶ。
 たぶん、さっきの食事の件だろう。
「――……ああ、あのね、野口くん……無意識なのよ」
『え?』
「……本人も、昔からだって言ってたんだけど……無意識に、女性が勘違いするような事したり、言ったりするの。刷り込みみたい」
『……刷り込みって……』
 確かに、アレ(・・)が刷り込みとは、考えづらいだろう。
 お姉さん達の教育の賜物は、彼にとっては、あまり、ありがたくは無かったようだ。
「直したいとは言ってるんだけど、無意識だから、自分で気づかないのよ」
『……えっと……じゃあ、オレ、牽制されたとかじゃ……』
 あたしは、苦笑いして首を振る。
「違うんじゃない?本人、ケロッとしてたし」
『……ていうか……ライバル増えたのかと思いました……』
「そんな訳ないでしょ。そんな物好き、そうそう増えてたまるもんですか」
 半分自虐だ。
 ――こんな、つまらない女、相手にしてどうするの。
 浮かんでくるのは、そんな言葉。
『茉奈さん』
「え?」
『少なくとも、三人はいますからね』
「――……っ……」
『自覚、してますよね?』
 クギを刺され、あたしは、思わずふてくされた。

「――もう、とっくにしてるわよ!」

 すると、岡くんは、うれしそうに返した。

『ありがとうございます』

 何に対するお礼なのか聞きそびれたまま、彼は通話を終えた。

 ――……だから、考えたいのよ。

 あたしは、そう、心の中でボヤくと、スマホをバッグに投げ入れた。
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