Runaway Love

60

 翌日、小川さんは、目に見えて成長していた。
 どうやら、慎重なのは初めての仕事だったからのようで、昨日以上にペースは速くなっていた。
「杉崎さん、こっちの発注書って……」
「ああ、これは、パソコンのファイルの――」
 自分の仕事に手をつけようとしたが、どうやら、途中で止められる頻度が高いようなので、一旦保留にして、彼女の進み具合を後ろから見守る事にした。
「すみませんー!お願いしますー!」
「あ、ハイ」
 すると、事務所に荷物を持って来た宅配便のお兄さんが、送り状を手渡す。
 あたしは、それにハンコを押して、受け取ると、宛先を見て内線をかける。
 工場宛のものだが、さすがに、あたしが直接持って行くわけにはいかない量が届いているので、取りに来てもらうのだ。
 第一工場の人達が数人やってきて、段ボールの山を運んで行く。
 それを見送ると、小川さんは、プリントした書類をあたしに見せる。
「白衣の発注書、これで大丈夫ですか」
 あたしは、それを受け取ると、目を通してうなづく。
「大丈夫です。そしたら、ファックスの短縮で――」
 小川さんは、メモを取りながら、あたしの後ろでやり方をじっと見る。
 そんな風に、午前中は終了。
 午後になれば、週末という事もあり、まあまあバタバタとし始めた。
 けれど、お盆の頃を考えれば、まだマシ。
 小川さんは、ひと通り作業を終えると、大きく息を吐いた。
「――少し、休憩します?」
「あ、いえっ!大丈夫です!」
「無理しないでくださいね。……ずっと、続けていくには、ちゃんと抜くところは抜かないと、パンクしますから」
 あたしは、そう言って、口元をいつも以上に上げた。
 彼女は一瞬固まるが、申し訳無さそうにうなづく。
「……ハイ。……そう、ですね。……私、昔、そんな感じだったんで……」
「え」
「……以前、就職したところが……まあ、今で言うブラックな方で……休み時間無し、休日出勤、残業すべて当たり前で……主人には申し訳無いんですが、逃げるように結婚退職したんです」
「――……そう、だったんですか」
「その罪悪感もあって、就職せずにいたんですが……子供もだいぶ手がかからなくなってきたし、逆にこれからお金もかかるので、もう一度頑張ってみようかと……」
 あたしは、その言葉に、微笑む。
 理由が何であれ、やる気があるのは、好ましい。
「でも、頑張りすぎないでくださいね」
「――ハイ」
 お互いに笑い合い、彼女は、次の書類に手をつける。
 あたしは、大野さんからの依頼をチェックして、できそうなものを選んで、それにかかりきりになった。
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