Runaway Love
やっと、定時で終了でき、あたしは、ふう、と、息を吐いた。
「あ、あの、杉崎さん」
すると、デスクを片付けていた小川さんが、恐る恐る尋ねる。
「――もう、来週には……大阪に行かれるんですよね……?」
「……ええ、まあ」
「そしたら……私、どなたに聞けば……」
あたしは、苦笑いで返す。
「向こうの仕事が、どんなかわからないですし、申し訳無いんですが――あたしの前任者が残してくれたメモと、本社の総務の方に聞いてもらっていただくしかないと――」
そう言いながら、柴田さんの残してくれた、大量のメモを彼女に渡す。
小川さんは、戸惑いながらもそれを受け取り、パラパラとめくると、顔を上げた。
「――ありがとうございます。すごく、詳しく書いてあるみたいですね」
「ええ。定年まで勤めた方なんで、イレギュラーとかも、かなり詳しく書いてあるんです」
実際、あたしも、最初は柴田さんのメモとにらめっこしながら、仕事をしていたようなものだし。
彼女の残したものは、日にちごと、月ごとのルーティンや、パソコンの処理方法、得意先の一覧など、多種多様。
これを作るのに、どれだけかかったのだろうかと、感心するばかりだ。
ニコニコしながらも、きちんとやるべきことは押さえる。
柴田さんは、きっと、お孫さんの世話も同じようにするんだろうな、と、ふと思った。
「来週は、月締めのやり方を説明して、あとは小川さん一人で一日やってもらうような形になるかと思います」
「ハ、ハイ。――でも、早いですね……」
「そうですよね。――あたしの方でも、本社の総務部の人に声かけてみますから、何でも聞いてください」
小川さんは、一瞬、視線を落とすが、かすかにうなづく。
人見知りだと言っていたから、たぶん、それすらも苦痛なのだろう。
「――が、頑張って、みます……」
「でも、まあ、こちらにもメールで連絡もらえば、できるところは指示できるかと思いますんで」
「ありがとうございます……」
彼女は、少しだけホッとしたようにうなづく。
やはり、逃げ道は用意していた方が、良いようだ。
二人でロッカールームを後にし、工場を出ると、既に辺りは薄暗くなっていた。
お盆を過ぎた辺りから、日が落ちるのが早い。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
お互いに頭を軽く下げ、小川さんは、駐車場に向かい、あたしはバス停に向かう。
すぐにバスが来て、あたしは、いつもの席に座った。
――本当に、早いわね……。
来週には、もう、向こうに行かなければならないのだ。
そして――戻ってきたら、昇進。
あたしにできるかは、わからないけれど……やるしかない。
流れていく窓の外の景色を見ながら、あたしは、目を伏せた。
もうすぐ、この眺めともお別れかと思うと――とても、さみしく思えた。
「あ、あの、杉崎さん」
すると、デスクを片付けていた小川さんが、恐る恐る尋ねる。
「――もう、来週には……大阪に行かれるんですよね……?」
「……ええ、まあ」
「そしたら……私、どなたに聞けば……」
あたしは、苦笑いで返す。
「向こうの仕事が、どんなかわからないですし、申し訳無いんですが――あたしの前任者が残してくれたメモと、本社の総務の方に聞いてもらっていただくしかないと――」
そう言いながら、柴田さんの残してくれた、大量のメモを彼女に渡す。
小川さんは、戸惑いながらもそれを受け取り、パラパラとめくると、顔を上げた。
「――ありがとうございます。すごく、詳しく書いてあるみたいですね」
「ええ。定年まで勤めた方なんで、イレギュラーとかも、かなり詳しく書いてあるんです」
実際、あたしも、最初は柴田さんのメモとにらめっこしながら、仕事をしていたようなものだし。
彼女の残したものは、日にちごと、月ごとのルーティンや、パソコンの処理方法、得意先の一覧など、多種多様。
これを作るのに、どれだけかかったのだろうかと、感心するばかりだ。
ニコニコしながらも、きちんとやるべきことは押さえる。
柴田さんは、きっと、お孫さんの世話も同じようにするんだろうな、と、ふと思った。
「来週は、月締めのやり方を説明して、あとは小川さん一人で一日やってもらうような形になるかと思います」
「ハ、ハイ。――でも、早いですね……」
「そうですよね。――あたしの方でも、本社の総務部の人に声かけてみますから、何でも聞いてください」
小川さんは、一瞬、視線を落とすが、かすかにうなづく。
人見知りだと言っていたから、たぶん、それすらも苦痛なのだろう。
「――が、頑張って、みます……」
「でも、まあ、こちらにもメールで連絡もらえば、できるところは指示できるかと思いますんで」
「ありがとうございます……」
彼女は、少しだけホッとしたようにうなづく。
やはり、逃げ道は用意していた方が、良いようだ。
二人でロッカールームを後にし、工場を出ると、既に辺りは薄暗くなっていた。
お盆を過ぎた辺りから、日が落ちるのが早い。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
お互いに頭を軽く下げ、小川さんは、駐車場に向かい、あたしはバス停に向かう。
すぐにバスが来て、あたしは、いつもの席に座った。
――本当に、早いわね……。
来週には、もう、向こうに行かなければならないのだ。
そして――戻ってきたら、昇進。
あたしにできるかは、わからないけれど……やるしかない。
流れていく窓の外の景色を見ながら、あたしは、目を伏せた。
もうすぐ、この眺めともお別れかと思うと――とても、さみしく思えた。