Runaway Love
 あたしは、キッチンのテーブルに持って来たものを並べ、冷蔵庫にしまう。
 ひとまず、入りそうで安心だ。
「じゃあ、タッパーに入ってるヤツは、適当に無くしておいて!」
 リビングに声をかけると、母さんが、わかったわよ、と、返してきた。
 バッグを片付け、キッチンを出ると、あたしは二階を見上げる。
 ――そろそろ、ここも潮時だろう。
 子供が産まれたら、部屋も増やさなきゃいけないだろうし。
 すると、母さんがリビングから顔を出して言った。
「茉奈、何、突っ立ってるんだい」
「――……うん。……もう、部屋、全部片付けようかと思って」
「お姉ちゃん?」
 あたしの言葉に、ソファに座っていた奈津美がいぶかしげに返す。
「――子供が産まれたら、部屋、いるでしょ」
 その言葉に、奈津美は、あせったように立ち上がると、リビングを出てあたしの元へとやって来た。
「え、で、でもさ、別にすぐになんて……」
「それに、あたしもこの先、こうやって、ちょくちょく帰って来るかわからないし」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
 奈津美は、あたしを引き留めるように両腕を取る。
「何かあった?」
「――……別に。……ただ、そういう時期かな、って思っただけよ」
 あたしの答えに納得がいかないのか、奈津美は眉を寄せる。
 それすらも絵になり、胸の奥がうずくけれど、大きく息を吐いてそれを消した。
 そして、奈津美を置き去りにして、階段を上り、自分の部屋に入る。
 先日、少しだけ持って行ったけれど、まだまだ本は残っている。
 他には、昔使っていた机とベッドだけ。
 これは、使ってもらおう。
 あたしは、先日出したコロ付きケースを再び開け、中を確認する。
 ――ああ、やっぱり、コレは持って行かないと。
 芦屋先生の昔の本は、まだ残っている。
 アルバイト代の中でやりくりして、どうにかひと月に一冊ほど、古本屋で買う事ができたものばかり。
 あの頃の事は思い出したくないけれど――本に罪は無い。
 持って来たバッグが空いたのを思い出し、それに詰め込んでいくと、不意にインターフォンが鳴った。
 階下(した)でバタバタしているので、たぶん、あたしには関係無いだろう。
 そう思いながら、パラパラとページをめくり、入り込みそうになった時、部屋のドアが勢いよく開いた。

「――茉奈さん!」

「……お、岡くん?」

 息を切らしながら、ドアを閉めて部屋に入って来る彼を、あたしはぼう然と見上げる。
「……な、何、で……」
「奈津美が、今、茉奈さんが来てるって……教えてくれて……」
「え、ていうか、アンタ、バイト……」
 思わずカタコトになりそうだったが、岡くんは、首を振った。
「いいんです。どっちみち、今日は夕方しか入れてなかったし」
「じゃあ、勉強そっちのけ?!」
「大丈夫です。心配されるほど評価は悪くないので」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
 あたしは、目を剥いて、説教を始めようとしてしまう。
 けれど、それは、岡くんの、見た目よりも厚い胸で遮られた。
 抱き寄せられたと理解したのは、彼の腕の力強さのせい。

「――しばらく会えなくなるってわかってて、会いに来ないなんて選択肢、無いでしょう?」

 その言葉に、あたしは口を閉じる。
< 272 / 382 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop