Runaway Love

62

 実家を後にし、行く時よりも重くなったバッグを抱えてアパートに帰る。
 そして、部屋の本棚に持って来た本を眺め、少しだけ考えた。

 ――大阪にも、何冊か持って行きたいわよね……。

 大体、仕事がどんなものであろうと、休みがまったく無い訳ではないはずだ。
 向こうに行ってから、手持ち無沙汰になっても困る。
 あたしは、芦屋先生の文庫本を十冊ほど、用意していたスーツケースに入れてみる。
 ――だが、まあまあのスペースで、全部は断念。
 ”アンラッキー”のシリーズ五冊。お気に入りのエピソードのものだけを厳選した。
 そして、明日からの服と下着の予定を考え、洗濯のサイクルも考える。
 前日にどうにか突っ込めば間に合うだろうものを並べ、他の服はケースに入れた。
 必要なものを考え始めれば、あれもこれもになってしまう。
 最悪、向こうで買っても仕方ないが、できればしたくない。
 自分の運べる量との妥協点を探すのに、結構な時間がかかり、気がつけば辺りは真っ暗だった。

 ――ああ、夕飯、忘れてたわ。

 ゆっくり立ち上がると、同じ体勢を続けていたせいか、足がしびれかけている。
 撫でながらキッチンへ歩き出すと、テーブルの上にあったスマホが、勢いよく震え始めた。
 反射的に背筋を伸ばしてしまうが、気を取り直し手に取ると、早川からの着信だった。
「――……何」
『……あのなぁ……何で、開口一番、何、なんだよ。お前は』
「じゃあ、何か用」
『変わらねぇ』
「ケチつけるなら、切るわね」
『コラコラ』
 電話の向こうで、苦笑いを浮かべる早川が、簡単に思い浮かぶ。
 やっぱり、コイツとは、こんなやり取りが一番落ち着く。
『もうすぐ、こっち引っ越しだろ。手伝いいるか?』
「……いいわよ。マンスリーでしょ。ひと通り揃ってるって聞いてるけど」
『ああ、俺も同じトコだ。会社で借り上げてるヤツ』
「え、そ、そうなの」
 思わず心臓が鳴る。
 ――まさか、同じマンションだとは思っていなかった。
 顔を合わせるのは会社だけだと、完全に油断していた。
『それに、一応、俺の方が先に来てるからな。近所の店とか、案内するぞ』
「――ええ、それはお願い」
『了解』
 あたしは、その提案にはうなづく。
 まったく知らない土地だ。
 そっちの方が心強いのは、確か。

『じゃあ、初デートだな』

 だが、茶化すようなセリフに、あたしは身体中が熱くなってしまった。
「バッ……!切るわよ!」
『切るなよ。一応、俺が駅まで迎えに行く予定だ』
「え」
『何時の新幹線か、わかったら連絡くれ』
「――わ、わかったわよ」
 あたしはうなづくと、早川はうれしそうに続けた。
『――早く、会いてぇな』
「……あんまり、テンション上げないでよね」
『上がるだろうが。――好きな女が、来るんだぞ』
「……バカ」
 それしか、返せなかった。
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