Runaway Love
 アパートに帰り、再びスーツケースを引っ張り出す。
 中は、ほぼ満杯。
 後は、これから洗濯したものを乾かして、突っ込むだけ。
 そして、明日の朝、メイク道具や、スキンケア用品を入れて終了。
 ご飯は、もう、マルタヤで買ってきた。
 テーブルに置くお弁当は、色鮮やかで、おいしそうなはず。

 ――……なのに、食欲が無い。

 野口くんは、ちゃんと食べているんだろうか。
 仕事は、ちゃんとできているんだろうか。

 ――……明日、本社でデスクを片付ける時、嫌でも顔を合わせないといけない。

 ――……平気な振りは、できるんだろうか。

 そんな事を思いながら、あたしは、無理矢理、ご飯を口に入れた。


 翌朝、いつものように目が覚め、ルーティンを終わらせると、先に荷造りを終わらせる。
 朝食のサンドイッチとコーヒーは、昨日と同じように、無理矢理詰め込んだ。
 少しだけ、気持ち悪い。
 けれど、食べておかなければ、もたないのだ。
 ちょうど、ゴミの日に当たっていたので、まとめてから、生活感の残る部屋を眺めた。
 ――一泊二日の旅行などではない。
 ……これは、仕事だ。
 切り替えないと。
 大きく息を吐き、靴を履く。

 ――野口くんが買ってくれた靴は、もう、履き慣れてしまって、今さら変える気も起きなかった。

 あたしは、玄関に置いたスーツケースと袋を確認し、ドアを閉めて鍵をかける。
 会社に持って行く訳にはいかないので、一旦帰ってからだ。
 久し振りの本社への道を、いつもより歩幅を大きく、足早に歩いた。
 そして、以前のように、正門を通り、建物の中に入る。
 その間に受ける視線など、もう、気にも留めない。
 エレベーターホールには、既に、出社してきた社員達が下りてくる箱を待っている。
 それを横目に、あたしは、階段を上った。
 五階までのキツさは変わらないが、体力がついた訳でもないのであきらめる。
 見慣れた景色。
 背筋を伸ばして廊下を歩き、経理部の部屋のドアを開けた。

「――おはようございます」

「杉崎主任!」

 すると、外山さんが、勢いよく飛びついてきて、あたしは、若干よろめいてしまった。
「おい、外山さん。杉崎、ケガさせないでくれよ!」
「あ、すみません、大丈夫ですか?」
 申し訳無さそうに眉を下げる彼女に、あたしは、笑って返す。
「大丈夫よ。――久し振りね、外山さん」
「ハイ!」
 そして、大野さんの所まで行き、あたしは頭を下げる。
「――……一か月、よろしくお願いします」
「――おう。……こっちのコトは、気にするな。向こうで何かあったら、すぐに連絡してこい」
「……ハイ」
 あたしはうなづき、顔を上げると、こちらに視線を向けている野口くんと目が合った。
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