Runaway Love

64

 目が覚め、見慣れない天井に、数秒悩む。

 ――……ああ、そうか。
 もう、大阪に来たんだ。

 そう気づくと、不意に涙が浮かんでくる。

 ――おはようございます、茉奈さん。

 野口くんと迎えた朝を思い出してしまい、気分は落ちた。
 あたしは、あわてて目をこすり、ベッドから下り立つ。
 スマホの時計を見やれば、まだ五時過ぎ。
 昨夜は、早川が帰った後、すぐにベッドに倒れ込んだのだ。
 メイクも落とさず、お風呂も入らず。
 シワが目立つ服を見下ろし、ため息をついた。

 ――こんなの、あたしじゃない。

 勢いよく首を振ると、深呼吸。
 まだカーテンをつけていない窓を見やれば、外から差す光は意外と明るい。
 あたしは、昨日は見られなかった部屋の外の景色を眺めた。
 地元よりも、建物同士の距離は近く、ほとんど空は見えない。
 始発だろうか、電車が走る音も聞こえた。

 ――これから、一か月だ。
 ……その間、やるべき事はやらなきゃ。

 待っていてくれると言った、岡くんと野口くんの二人に、ちゃんと胸を張って会えるように。

 あたしは、口元を引き締め、まずはシャワーを浴びる事にした。

 朝食を終え、メイクも何とか形になった頃、部屋のチャイムが鳴った。
 ドアスコープをのぞこうとしたが、どうせこんな早朝、来るのは早川くらいしかいないだろう。
 あたしは、ドアを開けると、やはり立っていたのは早川。その表情は渋いが。
「おはよう、早川」
「おはよう、じゃ、ねぇよ。何ですぐにドア開けた」
「え」
 キョトンとしているあたしを、早川はあきれたように見下ろす。
「――まさか、インターフォンの使い方がわからねぇとか、言わねぇよな?」
「バッ……バカにしてる⁉実家には、あったわよ!」
「じゃあ、何で出ねぇ」
 その返しに、思わず言葉に詰まった。
「――茉奈」
 畳み掛けるように言う早川を、あたしは見上げた。
「……ド、ドアスコープだけだと思ったのよ。……向こうの部屋は、そうだったから……」
「……あのなぁ……」
「……でも、どうせアンタだろうし、開けた方が早いかと……」
 すると、早川は開けたドアから部屋に入り込む。
「え、ちょっ……」
「不審者だったら、こうなるぞ」
「――え」
 そして、あたしを、包み込むように抱きしめた。
「え、な、何よっ……!」
「――……簡単に襲われる、ってコトだ」
「誰がするって言うのよ、そんな物好き、いな……」
 言い終える前に、唇がふさがれる。
「――目の前にいるだろうが」
「……っ……」
 早川は、そう言うと、更にあたしを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「あと、無防備すぎだ。――いつまでも、俺がガマンできると思うなよ」
「バッ……バカッ!!」
 あたしは、力いっぱい早川を押し返し、部屋を出る。
「茉奈」
 名前を呼ばれ、ジロリと振り返った。

「――会社でそう呼んだら、覚悟しておきなさい」

「――……り、りょーかい」

 ドスの効いた低い声に、早川は、若干青い顔でうなづいた。
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