Runaway Love
「おやおや、ちょっと、狭かったようだねぇ」

 自分のいるスペースを、どう確保しようか悩んでいると、聞き慣れた声が聞こえ、入り口に目を向ける。
 全員が一瞬で直立不動だ。

「おはようさん、みなさん」

 入って来た社長は、若干、その身体を窮屈そうに縮め、住吉さんに至っては、部屋に入っても来なかった。

 社長は、簡単に挨拶をし、支店長に、支社長へ昇進の辞令を手渡した。
「ずっと、関西方面を一手に引き受けていた人達だぞ。軽く見えても、実力はある」
 拍手の中、早川は、あたしの耳元でこそりと話す。
 瞬間、ビクリと返してしまうが、次にはにらみ上げた。
「何よ、突然」
「いや、お前、不思議そうな表情(カオ)してたからよ」
 その言葉には、苦笑いが浮かんだ。
 けれど、仕方ないだろう。
 関西方面は弱いというのが、ウチの共通認識なのだ。
「あのな、いくら、こっちが人手不足だろうが、何もしてない訳じゃねぇんだぞ」
「――そ、そう」
「新規契約は無理でも、昔からの得意先は離してない。評価が低い訳じゃねぇ」
 憤るように言う早川は、どうやら、こっちに来てから愛着が湧いたようだ。
 バカにされたのだと、感じたらしい。
「……悪かったわね」
「あ、いや。……でも、まあ、支店長が支社長に上がっても、不思議はねぇってコトだ」
「わかったわよ」
 次々と辞令が渡され、ひと段落つくと、社長はにこやかに続けた。

「それじゃあ、引っ越し作業、頑張って」

 ハイ、と、口を揃える社員の中、あたしだけが、キョトンとしていたのだった。


「――何だよ、何にも聞いてねぇのかよ」

「だって、直前まで南工場、で、昨日の午前中に異動の準備で本社よ。一体、いつ言われたのよ」

 全員で支店の中の諸々をダンボール箱に詰め、外に運び出す。
 外には、軽トラックが待機していて、荷台に積まれると、発車していった。
 新社屋は、ここから、更に五分ほどの、割と新し目の高層ビル。
 商店街も近いが、駅も近い。
 そもそも、向こうと違って、電車が主要交通手段なだけあって、まあまあの駅の多さだ。
 その三階に、会社は移転するのだそうだ。
 あたしは、チラリと窓の外を見やれば、すぐに前の建物が視界に入った。
 意外と古い建物が多く、何だか、緊張感が薄れる気がする。
「おーい!次、こっち片付けてくれ!」
「ハ、ハイ!」
 そんな思いは、一瞬で吹き飛ぶ程、引っ越し作業は目まぐるしく、行ったり来たりした軽トラックは、夕方まで停まる事は無かった。
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