Runaway Love
「ちょっ……!早川、下ろして!」
「歩けねぇんだろ」
「でもっ……!」
 早川は上機嫌で、あたしを抱え上げ、ベッドに座らせると、自分も隣に腰を下ろす。
 一瞬、ギクリとしてしまったが、苦笑いで返された。

「――考えるんだろ、いろいろと。今日は、もう、しねぇから」

 あっけにとられて見上げれば、早川は、ほんの少しだけ悲しそうに口元を上げて、あたしの髪を撫でた。

「待ってる、って、言っただろうが」

 その優しさに胸が痛くなり、うつむくと、早川は無理矢理話題を変えた。

「そうそう、明日休みだし、この辺案内がてら買い物付き合うぞ?」

 あたしは、その提案にうなづいた。


 夕飯は、早川がこちらに来てから馴染みの店のお好み焼きをテイクアウトしてくれた。
 まだ、店などはわからないので、ありがたい。
 テーブルに並んだ、まだ湯気の見えるそれをまじまじと見ると、あたしは、一口、口に運ぶ。

「――……おいしい!」

「だろ。やっぱ、違うもんだよな」

 向かいに座った早川も、機嫌良く箸を入れ、口に運んでいく。
 一瞬、その口元に目が行ってしまったが、すぐに自分の手元に移した。
「茉奈?」
「――こっ……こういう店、多いの?やっぱり」
「え、ああ。何なら、案内がてら、食べ歩きでもするか?」
「えっ……」
 あたしは、その提案に目を輝かせてしまう。
 何て、魅力的なワード。
 だが、すぐに首を振った。
「――やっぱり、ダメ」
「何でだよ。俺とじゃ嫌か」
「ちっ……違うわよ。……た、ただ……ふ、太ると……いろいろ困るし……」
 どんどん小さくなっていく言葉に、早川は目を丸くする。
 そして、次には、顔を背けて肩を震わせた。
「ちょっ……!何笑ってんのよ!切実なのよ⁉」
「わ、悪い。……まさか、お前から、そんな言葉が出るとはな」
「うるさい、バカ!」
 こっちは、年々緩くなってくる身体と戦っているというのに!
「――まあ、俺は気にならないぞ?」
「……っ……!!」
 早川は、そう言って、優しく微笑む。

 ――まるで、あたしのすべてを許してくれるようで――胸がきしんだ。



「じゃあな、明日、迎えに来るから」

「――……わかった……」

 そう言って、早川は上機嫌にあたしの部屋を出て行き、すぐ隣の自分の部屋に帰って行った。
 あたしは、すぐさま鍵をかけると、よろよろとしながらも、お風呂の準備をしたり、片付けをした。
 そして、ようやくベッドに潜り込むと、不意に唇に感触がよみがえってきてしまい、思わず両手で口元を押さえる。

 ――……あんなキス、するんじゃないわよ、バカ。

 こっちにいる間、隙を見せたら、どうにかなってしまいそう。
 油断大敵。

 ――とにかく、早川だって、わかってるはずなんだから。

 ――……ちゃんと、考えるって。

 あたしは、決意を新たにし、眠りについた。
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