Runaway Love
「じゃあ、こんなトコで大丈夫だな」

「――ええ、ありがとう。助かったわ」

 それから、早川に買ったばかりのカーテンをつけてもらった。
 詫び代わり、と言う割りには機嫌が良いのは、もう、突っ込まないでおこう。
「お前じゃ届かねぇもんな」
「――うるさい」
 からかうように言われ、顔をしかめる。
 身長云々は、自分ではどうにもならないのに。
「いくつだ?」
「え?」
「身長だよ」
「――ひ、百五十五センチ……。……縮んでなければ」
 そう返せば、吹き出された。
「笑うな、バカッ!」
 こっちは切実なのに。
 早川は、笑いながらあたしをのぞき込む。
 ――いつものように。
「縮むのかよ」
「す、数ミリッ……毎年、検診毎に数字が変わるのよ!」
「俺は変わったコト無ぇけど」
 あたしは、ムスッとしながら、早川を見上げる。
「気にしてないからじゃないの」
「まあ、百八十五が四になったって、そんなに変わる気しねぇしな」
「百八十五⁉」
 何てことないような口調で言われた数字に、あたしは目を剥く。
 完全に三十センチも違うの⁉
 ぼう然としていると、早川は笑いながら、続けた。
「まあ、中学からずっとこんなだから、運動部の勧誘から逃げまくってたんだぞ」
「――え」
 意外な言葉に、キョトンとしてしまう。
 完全に体育会系だと思ってた。
 体つきといい、態度といい、違和感は無いのに。
 すると、早川は苦笑いで返す。
「俺、元々は、大人しい文学少年だったんだぞ」
「――……は??」
 あんまりにも似合わない表現に、目を丸くする。
 あたしの反応を楽しそうに見ながら、早川は更に続けた。
「言った事、無かったよな。――俺、文学部卒」
「――……はあ???」
「まあ、運動も嫌いじゃ無かったけど、元々目立つ方じゃなかったしな。教室の隅で、二、三人の友達(ダチ)と、好きな作家の本とかで盛り上がってたタイプ」
 今の早川からは、まったく想像のつかない姿に、あたしは固まってしまう。

 ――……もしかして、同じ……?

 野口くんまでとはいかなくとも、あたしの話が通じるの……?

 だが、その淡い期待は、胸の奥にしまっておく。
 ――まだ、切り替えなんて、できない。

「まあ、基本、こんな性格だし、大学はもう、これがデフォルトになったつーか」
「……大学デビュー?」
「――そんなトコだ」
 苦笑いで返す早川の目は、一瞬だけ、遠くを見た。

 ――きっと、その理由は、あたしに話せるものではないのだろうと思う。

 恋愛でも、友情でも――相手のすべてを知る必要は無い。
 でも、すべてを知りたいと思うのは――どういう気持ちなんだろう。

 ――前に、岡くんに対して感じた想いは――どういう感情なんだろう……。

「茉奈?」
「えっ、あ、ごめんなさい、何?」
 一瞬、飛んでしまった思考は、もう、心の奥にしまい込む。
 今、目の前にいるのは、早川なんだから。
「――いや……そんなに驚いたのか?」
「あ、そ、そりゃあ……」
 ずっと、あたしが見てきたコイツは、一部でしかない。
 そう思うと、少しだけ悔しくて――。
「じゃ……じゃあ、芦屋先生の本って読んだ事ある……?」
 試すように話題を振ると、早川はあっさりとうなづいた。
「ああ、芦屋陽だろ?何冊か持ってるけど」
「え⁉」
 当然のような返しに、目を見開いた。
「……え、ウソ」
「だから、何でウソなんだよ。”アンラッキー”なら、シリーズ全部持ってるし」
「ええぇ!!⁉」
「おい、コラ、うるせぇ!」
 反射的に叫んでしまい、軽くデコピンを喰らってしまった。
「ごっ……ごめんなさい……」
 額に手を当て、早川を見上げ謝る。
 さすがに、今のはあたしが悪い。

「――っ……だからっ……!この無自覚女!」

 すると、早川は真っ赤になって、あたしの両頬を引っ張った。
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