Runaway Love
「――ありがと、助かったわ……」

「いや、俺こそ助かった。――それに、また、お前の料理食えるとは思わなかったしな」

 洗い物を始めたあたしの隣で、早川はふきんを持って、スタンバイしながらそう言った。
「地元にいた時のクセで、買い込み過ぎたから、どうしようかと思ってたところだったの」
 ちょうど良いとばかりに、あたしは、二日分ほどの食材を使い、まあまあの量の夕飯を並べたのだ。
 早川には二日連続でおごってもらったのだから、お返しだ。
「言われてみれば、冷蔵庫、小さかったな」
「……まあ、あたしみたいなヤツが使うの、想定してる訳じゃないし。アンタは別に、支障無いんでしょう?」
「そりゃあな。――自炊しねぇから」
「ちょっとはしたら?身体壊すわよ」
 あきれ半分に言うと、あたしは、すすいだお皿を早川に手渡す。
 それを受け取ると、早川は苦った。
「……仕事終わると、気力無ぇんだよ」
「――まあ、それもそうね。アンタ、いろいろ回るし」
「――……お前が作ってくれたら喜んで食うけど」
 そう言って、早川は、あたしをのぞき込む。
「……バカ」
 あたしは、一瞬固まるが、次のお皿を押し付けるように手渡した。
「――本気だからな」
 すると。早川は、急に真剣な声音に変わる。
「――……とっくに知ってるわよ」
「……そうだな」
 視線を向けられず、食器を洗っていた手は自然と止まる。
 流したままの水の音だけが、部屋に響く。

「茉奈?」

 いぶかしげにのぞき込んでくる早川は、あたしの言葉を待った。

「――……ごめん……。……振り回してばかりで……」

 それだけ言うと、あたしは再び洗い出す。

「――バカヤロ……ンなコト気にするな。大体、嫌ならとっくに離れてるだろ」

「……うん……」

「お前を苦しませるつもりは無ぇ。――でも、悪い」

「え」

 あたしは、早川を見上げる。
 ――悪いって、何よ。
 けれど、言葉の意味を考える間もなく続けられた。

「お前がそうやって、ちゃんと悩んでくれるのは――うれしいんだ」

 困ったように笑い返され、胸は締め付けられる。
「――その間は、俺のコト、真剣に考えてくれてるってコトだろ」
「そ、そりゃあ……」
 どう返せば良いのかわからず、あたしはうなづくだけだ。
 早川は、そのまま耳元で囁いてきた。

「――そういう真面目なトコも好きだ」

「――……っ……!」

 あたしは、思わず濡れたままの手で耳を覆う。

「バッ……」

 真っ赤になったあたしを、早川は楽しそうに見やると、持っていた皿を再び拭き始めた。

「――アンタねぇっ……!」

 あたしは、素知らぬ顔をする早川をにらみつけた。
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