Runaway Love
 翌日も、好奇の目は収まらない。
 あたしがウワサを認めたという事実は、あっという間に広まったようで、早川も何か言われているようだった。
 けれど、本当に、言われるような事はしていない。
 ――まあ、近い事はあったけれど。

「杉崎主任、あなた宛てにメールが届いてますが」

「え」

 新人二人の作業を後ろから見ていると、不意に古川主任から声をかけられ、あたしはそちらに顔を向けた。
 相変わらず敵意に満ちている視線に、思わず怯みそうになるが、そらさずに見返した。
「――ありがとうございます。こちらで確認しますので」
 あたしはそう言って、自分に充てられたパソコンのメール画面を開く。

「――あ」

 思わず声に出てしまい、口に手を当てる。
 幸い、気に留められる事は無かったようで、あたしは文面を確認した。

 ――お疲れ様です。南工場、小川です。

 タイトルを見ただけで、懐かしさがこみ上げる。
 あたしは、本文を見て、すぐにメールを返した。
 どうやら、ちょっとトラブルがあったようだが、たしか、柴田さんの残したメモに処理の仕方が書いてあったような気がするのだ。
 そう返せば、すぐに、確認してみます、との返事。

 ――小川さん、パソコン前で待機していたのかしら。

 苦笑いが浮かぶが、それはマイナスではない。
 生真面目な彼女の姿が見えるようで、頑張れ、と、心の中でエールを送った。

 お昼近く、新人二人の作業と次の予定を確認していると、再び小川さんからメールが届いた。
 二人を少しだけ待機させて見やると、無事、終了したとの事。
 あたしは、ホッとしながら、再び教育に戻る。
「――あ、あの、杉崎主任」
「何?」
 声をかけられ、そちらを見やると、ショートカットの新人――高橋さんが、申し訳なさそうにあたしに顔を向けた。
「パソコン、フリーズしたみたいで……」
「あら」
 そう新しい機種ではないので、時々はそういった事もある。
 そう告げると、ホッとしたようにうなづいて返された。
「良かったです。一瞬、壊したのかと……」
「大丈夫よ。まあ、もしダメそうでも、バックアップはあるはずだから」
「ハイ」
「まあ、あたしも、パソコンはそう詳しい訳じゃないけど、本社には強い人いるから」
 すぐに思い浮かぶのは、野口くんの事。
 ――恋愛以前に、頼れる後輩なのは、確かなのだから。
 それから、お昼になるまで、新人教育を続け、午後からは、また古川主任が持っている仕事を少し譲ってもらう。
 実践が一番手っ取り早いというのは、お互い一致しているので文句は無かった。
 ――どうも、仕事面では、不服は無いようだ。
 なら、一体何が気に入らないのだろう。
 でも、それはきっと、あたし自身、知る事は無いのだろうと思った。

 ――思ったのに。
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