Runaway Love
「お疲れ様です、杉崎主任」

 ビルの自動ドアを抜け、歩き出すと、不意に後ろから声をかけられ振り返る。
 今日は、無事、突っかかれる事も、下世話なウワサが耳に届く事も無く、平和に終わってくれた。
 帰り際、一瞬、どこか寄り道しようかとも思ったが、まだ地理を完全に把握しきれていないので、また次の機会に、と、思い直していたところだったのに。

「――お疲れ様です、古川主任」

 思わず構えてしまうが、ジロリと見られ、固まった。
 どうも、この視線は耐えられない。
「……あの」
「はい?」
 あたしは、思い切って、彼に尋ねた。

「――あたしの事、気に入らないんでしょうか」

「――会って数日の人間を、気にいる気に入らないというのも無いでしょう」

 その返しに、言葉に詰まる。

 ――岡くんに言った言葉を、自分が返されるとは。

「――まあ、本社から来た時点で、あまり好意が無いというのは確かかもしれませんが」

 あたしは、背を向けた彼を見やる。
「――……先入観で人を判断しないでください」
「別に、先入観だけではないですが。――まあ、ウワサは届いてますがね」
「――え」
 古川主任は、足を止めると、あたしを振り返った。

「恋愛沙汰でゴタゴタを起こし、会社に迷惑をかける自分勝手な女」

「――……っ……」

 今まで、きっと、あたしの耳に届かないところで言われていた言葉を、面と向かって言われるのは、さすがにキツイ。
 けれど、下は向かない。

 ――向いてたまるか。

「――……否定はしません。……けれど、事実でもありませんから」

 すると、古川主任は一瞬目を見開き、口元を上げる。

 ――え?

 思った反応と違い、あたしは目を丸くした。
「――……まあ、今のあなたを見れば、だいたい想像はつきますが」
「……え?」

「自分を曲げない――いえ、自分だけに執着して、他人を顧みない――頑固な人間」

 あたしは、言葉を失う。
 ――そんな風に考えた事もなかった。
 彼は、そのまま、冷めた目であたしを見て続けた。

「――私と似ているので、同族嫌悪が起きたのでしょう」

 それだけ言うと、彼は一人帰路についていった。
 その後ろ姿を見送りながら、あたしは、言われた言葉の意味を考える。

 ――……似ている……?
 あたしと、古川主任が……?

 ――ああ、確かに、そうかもしれない。

 浮かんできたのは、そんな思い。
 お互いに自分を曲げないから、衝突が起きるのだ。
 そう思うと、意外とすんなりと腑に落ちた。

 けれど――だからと言って、あの態度を許せる訳も無く。

 あたしは、思わず、心の中で年甲斐も無く、あかんべえ、と、舌を出したのだった。
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