Runaway Love
 すぐに電話に出たのは、大野さんだ。
 事情を話し、野口くんに繋いでもらった。

『――わかりました。じゃあ、USBが来たら、こちらで社内クラウドに上げておきます。修正箇所はありますか』

 淡々とした口調。
 いつもの彼だ。
 ――いつもの、経理部での、彼。

 あたしは、少しだけ気持ちを落ち着ける。
 良かった。
 少なくとも、仕事に影響は無い――させていないようだ。

「大丈夫だと思う。――追加があったら、こちらでも修正できるかしら?」
『……杉崎主任だと少し不安なので、連絡もらえますか。オレの方でやります』
「……野口くん、失礼」
『じゃあ、自信ありますか?』
 そう言われると、返す言葉が無い。
「……お願いします……」
 あたしは、少々ふてくされるが、素直に頼る事にする。
 そして、電話を終えると、大きく息を吐いた。

 ――普通にできたかしら。

 受話器の向こうの彼の事を思うと、不安になる。
 けれど、今は仕事中だ。
 あたしは、自分に言い聞かせ、再びパソコンをにらむように見た。


 お昼休み、いつものようにテーブルの隅でお弁当を広げていると、営業先から帰って来た早川がのぞき込んできた。
「何」
「いや、腹減った」
「ちょっ……!」
 いつぞやのように、また、卵焼きが奪われ、あっさりと早川の口の中へ消えていく。
「……早川っ!!」
「ごちそうさん」
 上機嫌にあたしの頭を叩き、早川は自分のお昼を買いに出て行った。
 その様子を、慣れていない新人や他の部署の人間がチラチラとうかがう。
 ……まったく。
 自分の影響力を考えろ、バカ早川。
 あたしは、気づかない振りをしながら、残りのお弁当の中身を片付けると、そそくさと席を立った。
 フロアの片隅に置いてあるコーヒーサーバーでコーヒーを淹れ、経理部の部屋に戻ると、入れ違いになるように早川が帰ってきた。
 そして、昼食を取り始めると、男女問わず取り巻きのように周囲が固められた。
「早川主任、今日は何時上がりですか?」
「わからねぇな。出先次第だから、直帰もありえる」
「ええー。そろそろ、飲み会しましょうよー」
 部屋のドアを閉めていても、若いコの明るく大きな声は聞こえてくる。
 あたしは、知らん顔を決め込み、デスクの下に置いたバッグからスマホを取り出す。
 すると、野口くんからメッセージが来ていた。
 ドキリと鳴る心臓を押さえ、確認すれば、先程のやり取りの確認。

 ――今日中に工場の方が来られれば、週明けには共有できるようにしておきますので。

 あたしは、それにお礼を返すと、すぐさまメッセージが届いた。

 ――最近、電話できていなかったので、声が聞けてうれしいです。

 たとえ――それが、仕事の連絡だろうが、彼にとっては同じなのだろう。
 あたしは、どう返せば良いのか悩むが、結局、何を返す事もできなかった。
 お昼という事もあって、野口くんから電話が来る事も無いので、そのままスマホを片付ける。
 カップのコーヒーは、だいぶ温くなってしまっていた。
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