Runaway Love
「――珍しい組み合わせですね」
「ええ、たまたま」
早川が、少しだけ作った笑顔でそう声をかける。
古川主任は、淡々と返すだけだ。
「これから何か用でも?」
「いえ、時間も時間ですので、彼女を送って行こうかと思っただけです」
「――なら、俺が送りますよ。どうせ、同じ所帰るんで」
人の頭の上を、そんな会話が通り過ぎる。
その様子を、支度を終えて部屋から出てきた社員が、興味深そうに見ているのに気づき、あたしは大きく息を吐いた。
「――杉崎?」
「杉崎主任?」
二人が同時に視線を下げる。
あたしは、顔を上げて言い切った。
「お疲れ様でした。あたしは、一人で帰れますので」
そう言って、開いたまま停止していたエレベーターに乗り込み、すぐに”閉”ボタンを押した。
不意打ちを喰らったのか、二人が止めに入る事は無かった。
――まったく、いい加減にしてほしいんですけど!
あたしは、肩を上げながらビルの玄関を出る。
一瞬、昨日の光景がよみがえり、心臓が鳴り出すが、無理矢理押さえつけた。
大丈夫だ。
――昨日の今日で……。
「あ、今日は早かった」
そう思った途端に耳のそばに届いた声に、息をのむ。
半ば無理矢理に抱かれた肩に、あたしは足を止め、顔を上げた。
「先……輩……」
「昨日は邪魔が入っちゃったからさ。今日こそ、付き合ってもらおうかな」
ニッコリと、こちらの血の気が引くような事を言い放つ先輩は、そのまま引きずるように、あたしを連れて歩き出す。
「……お帰りになったんじゃないんですか」
「何で?今週いっぱい出張なんだよ、僕」
「――……そうですか」
視線を合わさないように歩くあたしを、彼はのぞき込む。
「考えてくれた?」
「何をですか」
「憂さ晴らし」
あたしは、顔を背ける。
「――絶対に、お断りだと言ったはずです」
「……そっか、残念。――無理矢理は、犯罪になっちゃうんだけどなぁ」
「え」
言うが遅い、先輩に腕を掴まれ、近くに停めてあった車の助手席に、放り込まれるように乗せられた。
不意打ちを喰らったあたしは、慌ててドアを開けようとするが、運転席に乗り込んだ彼がすぐにエンジンをかけて車を出したので、手を止める。
――……うそ……。
きっと、今、あたしの顔は真っ青だろう。
夕闇に溶けていく街の明かりは、地元よりも数が数倍多く、目が痛いくらい。
そんな事を考えてしまうのは――現実逃避だ。
少々の渋滞を抜け、あっさりと到着したのは、ビジネスホテル。
もう、土地勘が無いあたしには、ここがどこかなのかもわからない。
「こっちに来る時、いつも会社で使ってるんだよ」
車から降りると、先輩は助手席のドアを開けて、動こうとしないあたしを引きずり出す。
「――まったく、変わんないね、頑固なトコ」
あきれたように言いながら、あたしの手を握った。
逃げないように――恋人つなぎで。
それすらも気持ち悪く、腕を振りほどこうとするが、思った以上に力が強い。
連泊のようで、ロビーは通らず、そのまま駐車場にある直通のエレベーターに乗り込む。
――どうしよう……逃げられないっ……!
心臓が早鐘を打つ。
こんな風に対峙するなんて、思ってもみなかったから――まだ、心の準備ができていない。
――いや、できない。
ポン、と、到着音。
会社のそれと似たような音に、顔を上げる。
フロアは十二階。
簡単に逃げられるような高さではない。
「――行くよ」
「……せ、先輩っ……」
絡めたままの指に力をこめられる。
あたしが逃げようとするのが、簡単に予想できるからか。
震えてくる足は、もう、彼の力だけで引きずられて進んでいる。
一番奥の部屋の前で止まると、鍵を開け、あたしを先に中に入れた。
「やっぱり、シングルじゃ狭いかぁ」
逃げ道を塞ぐように、先輩が入って来て、鍵を閉める。
その音は――あたしの身体を完全に縛り付けた。
「ええ、たまたま」
早川が、少しだけ作った笑顔でそう声をかける。
古川主任は、淡々と返すだけだ。
「これから何か用でも?」
「いえ、時間も時間ですので、彼女を送って行こうかと思っただけです」
「――なら、俺が送りますよ。どうせ、同じ所帰るんで」
人の頭の上を、そんな会話が通り過ぎる。
その様子を、支度を終えて部屋から出てきた社員が、興味深そうに見ているのに気づき、あたしは大きく息を吐いた。
「――杉崎?」
「杉崎主任?」
二人が同時に視線を下げる。
あたしは、顔を上げて言い切った。
「お疲れ様でした。あたしは、一人で帰れますので」
そう言って、開いたまま停止していたエレベーターに乗り込み、すぐに”閉”ボタンを押した。
不意打ちを喰らったのか、二人が止めに入る事は無かった。
――まったく、いい加減にしてほしいんですけど!
あたしは、肩を上げながらビルの玄関を出る。
一瞬、昨日の光景がよみがえり、心臓が鳴り出すが、無理矢理押さえつけた。
大丈夫だ。
――昨日の今日で……。
「あ、今日は早かった」
そう思った途端に耳のそばに届いた声に、息をのむ。
半ば無理矢理に抱かれた肩に、あたしは足を止め、顔を上げた。
「先……輩……」
「昨日は邪魔が入っちゃったからさ。今日こそ、付き合ってもらおうかな」
ニッコリと、こちらの血の気が引くような事を言い放つ先輩は、そのまま引きずるように、あたしを連れて歩き出す。
「……お帰りになったんじゃないんですか」
「何で?今週いっぱい出張なんだよ、僕」
「――……そうですか」
視線を合わさないように歩くあたしを、彼はのぞき込む。
「考えてくれた?」
「何をですか」
「憂さ晴らし」
あたしは、顔を背ける。
「――絶対に、お断りだと言ったはずです」
「……そっか、残念。――無理矢理は、犯罪になっちゃうんだけどなぁ」
「え」
言うが遅い、先輩に腕を掴まれ、近くに停めてあった車の助手席に、放り込まれるように乗せられた。
不意打ちを喰らったあたしは、慌ててドアを開けようとするが、運転席に乗り込んだ彼がすぐにエンジンをかけて車を出したので、手を止める。
――……うそ……。
きっと、今、あたしの顔は真っ青だろう。
夕闇に溶けていく街の明かりは、地元よりも数が数倍多く、目が痛いくらい。
そんな事を考えてしまうのは――現実逃避だ。
少々の渋滞を抜け、あっさりと到着したのは、ビジネスホテル。
もう、土地勘が無いあたしには、ここがどこかなのかもわからない。
「こっちに来る時、いつも会社で使ってるんだよ」
車から降りると、先輩は助手席のドアを開けて、動こうとしないあたしを引きずり出す。
「――まったく、変わんないね、頑固なトコ」
あきれたように言いながら、あたしの手を握った。
逃げないように――恋人つなぎで。
それすらも気持ち悪く、腕を振りほどこうとするが、思った以上に力が強い。
連泊のようで、ロビーは通らず、そのまま駐車場にある直通のエレベーターに乗り込む。
――どうしよう……逃げられないっ……!
心臓が早鐘を打つ。
こんな風に対峙するなんて、思ってもみなかったから――まだ、心の準備ができていない。
――いや、できない。
ポン、と、到着音。
会社のそれと似たような音に、顔を上げる。
フロアは十二階。
簡単に逃げられるような高さではない。
「――行くよ」
「……せ、先輩っ……」
絡めたままの指に力をこめられる。
あたしが逃げようとするのが、簡単に予想できるからか。
震えてくる足は、もう、彼の力だけで引きずられて進んでいる。
一番奥の部屋の前で止まると、鍵を開け、あたしを先に中に入れた。
「やっぱり、シングルじゃ狭いかぁ」
逃げ道を塞ぐように、先輩が入って来て、鍵を閉める。
その音は――あたしの身体を完全に縛り付けた。