Runaway Love
あたしの、その表情に気づいたのか、彼は苦笑いで返すと、視線を遠くへ向けた。
「別居の理由ですよ。――父親の介護を一人で賄おうと、妻に離婚を切り出したら、怒られました」
「……え」
「私はこちらの出で、妻の地元は東京です。向こうで結婚し、子供が産まれて数年で、母親が他界し、父親に介護が必要になりました」
あたしは、一瞬、自分の境遇を思い浮かべ、口をつぐんだ。
「妻は、こちらに来て介護を手伝うと言っていましたが――私は、介護要員に彼女を妻にしたのではない、と、拒否したんです。……まあ、それでゴタゴタありまして――最終的にこの形に落ち着いたんですがね」
「……そう、でしたか……」
何と返せばいいのかわからないので、それだけ口にした。
「今となっては、どの選択が良かったのかなんて、わかりませんが……妻を苦しめた事実は変わりません。――……一番の、失敗ですよ」
その言葉に、今も変わらず奥さんを大事に想っているのだとわかる。
――わかりづらいけれど、彼も彼なりに、一生懸命、大事な相手を大事にしているのだろう。
「自分だけが抱えれば良いと思うのは、自己満足です。その姿を見て、苦しむ人がいる事だけは確かですから」
そう言って、古川主任は顔をあたしに向け、そして、駅の方向へつながる道へと、視線を向けた。
暗がりから現れたのは、息を切らしてやってきた早川だ。
「――古川主任、ありがとうございました」
「いえ。この状況で、彼女を一人にはできないでしょう」
古川主任はうなづくと、あたしを見やる。
「――よく考えてみたらどうですか。……私のようになりたくはないでしょう」
そう言って、駅の方へ去って行った。
あたしは、彼が視界の外に消えると、早川を見上げた。
「……言いたい事は山ほどあるけど……とりあえず……ありがとう。……中、入るわよ」
「――……ああ」
早川は、言葉少なにうなづく。
いつものコイツからは、想像つかないほどに暗いトーンで。
沈黙が続く中、階段を上がり、それぞれの部屋にたどり着く。
「――茉奈」
すると、早川があたしを呼ぶ。
その声は、あからさまに固い。
「……そっち、行こうか」
「……ああ」
あたしは、鍵をバッグに戻すと、早川の部屋に入った。
先に中に入り電気をつける早川は、無言のまま。
それが、必要以上に緊張感をあおった。
「お、お邪魔します……」
ひとまず、そう声をかけると、部屋の中に入る。
早川があたしの部屋に入ってくるのは何回もあったけれど、あたしがコイツの部屋に入るのは初めてだ。
中をのぞけば、自分の部屋と同じ造り。違うのは、シックなカーテンの色や、ベッドのシーツ。
無造作にテーブルの上にキーケースとスマホを置き、早川はベッドの上に座った。
あたしは、それを、ただ見つめている。
今は、あたしから聞かない方が良いのかもしれない。
すると、早川は大きく息を吐き、こちらを見やる。
その視線に、強さに――心臓が鳴った。
「――悪い。……俺には、あの人を止められねぇ」
「――……え」
あたしは、目を見開く。
こんな風に言う早川は、初めて見た。
「――……大阪支店を大きくできたのは、誰のおかげか、と、返された。場合によっては、ウチとの契約を切れると」
「早川」
うつむいて、両手で顔を隠す早川は、くやしさをにじませた。
「――元はと言えば、あの人がお前とトラブル起こした事が原因だろうが……俺が、この会社にいる限り――あの人は、それを盾にする」
あたしは、そのままうつむいた。
やっぱり――先輩なら、そう言うだろう。
星野商店は、こちらの大口取引の大部分を持っているのだ。
「たぶん、誰が言っても同じだ。……会社と無関係なヤツにしか、止められねぇ」
あたしは、今にも自分を殴ってしまいそうな雰囲気の早川の隣に座った。
ベッドが、二人分の重さに、少しだけ悲鳴を上げた。
「――……ありがと。……あたしは、大丈夫だから……」
「大丈夫なワケねぇだろ!」
そう言って、早川はあたしをきつく抱きしめた。
「別居の理由ですよ。――父親の介護を一人で賄おうと、妻に離婚を切り出したら、怒られました」
「……え」
「私はこちらの出で、妻の地元は東京です。向こうで結婚し、子供が産まれて数年で、母親が他界し、父親に介護が必要になりました」
あたしは、一瞬、自分の境遇を思い浮かべ、口をつぐんだ。
「妻は、こちらに来て介護を手伝うと言っていましたが――私は、介護要員に彼女を妻にしたのではない、と、拒否したんです。……まあ、それでゴタゴタありまして――最終的にこの形に落ち着いたんですがね」
「……そう、でしたか……」
何と返せばいいのかわからないので、それだけ口にした。
「今となっては、どの選択が良かったのかなんて、わかりませんが……妻を苦しめた事実は変わりません。――……一番の、失敗ですよ」
その言葉に、今も変わらず奥さんを大事に想っているのだとわかる。
――わかりづらいけれど、彼も彼なりに、一生懸命、大事な相手を大事にしているのだろう。
「自分だけが抱えれば良いと思うのは、自己満足です。その姿を見て、苦しむ人がいる事だけは確かですから」
そう言って、古川主任は顔をあたしに向け、そして、駅の方向へつながる道へと、視線を向けた。
暗がりから現れたのは、息を切らしてやってきた早川だ。
「――古川主任、ありがとうございました」
「いえ。この状況で、彼女を一人にはできないでしょう」
古川主任はうなづくと、あたしを見やる。
「――よく考えてみたらどうですか。……私のようになりたくはないでしょう」
そう言って、駅の方へ去って行った。
あたしは、彼が視界の外に消えると、早川を見上げた。
「……言いたい事は山ほどあるけど……とりあえず……ありがとう。……中、入るわよ」
「――……ああ」
早川は、言葉少なにうなづく。
いつものコイツからは、想像つかないほどに暗いトーンで。
沈黙が続く中、階段を上がり、それぞれの部屋にたどり着く。
「――茉奈」
すると、早川があたしを呼ぶ。
その声は、あからさまに固い。
「……そっち、行こうか」
「……ああ」
あたしは、鍵をバッグに戻すと、早川の部屋に入った。
先に中に入り電気をつける早川は、無言のまま。
それが、必要以上に緊張感をあおった。
「お、お邪魔します……」
ひとまず、そう声をかけると、部屋の中に入る。
早川があたしの部屋に入ってくるのは何回もあったけれど、あたしがコイツの部屋に入るのは初めてだ。
中をのぞけば、自分の部屋と同じ造り。違うのは、シックなカーテンの色や、ベッドのシーツ。
無造作にテーブルの上にキーケースとスマホを置き、早川はベッドの上に座った。
あたしは、それを、ただ見つめている。
今は、あたしから聞かない方が良いのかもしれない。
すると、早川は大きく息を吐き、こちらを見やる。
その視線に、強さに――心臓が鳴った。
「――悪い。……俺には、あの人を止められねぇ」
「――……え」
あたしは、目を見開く。
こんな風に言う早川は、初めて見た。
「――……大阪支店を大きくできたのは、誰のおかげか、と、返された。場合によっては、ウチとの契約を切れると」
「早川」
うつむいて、両手で顔を隠す早川は、くやしさをにじませた。
「――元はと言えば、あの人がお前とトラブル起こした事が原因だろうが……俺が、この会社にいる限り――あの人は、それを盾にする」
あたしは、そのままうつむいた。
やっぱり――先輩なら、そう言うだろう。
星野商店は、こちらの大口取引の大部分を持っているのだ。
「たぶん、誰が言っても同じだ。……会社と無関係なヤツにしか、止められねぇ」
あたしは、今にも自分を殴ってしまいそうな雰囲気の早川の隣に座った。
ベッドが、二人分の重さに、少しだけ悲鳴を上げた。
「――……ありがと。……あたしは、大丈夫だから……」
「大丈夫なワケねぇだろ!」
そう言って、早川はあたしをきつく抱きしめた。