Runaway Love
75
それからすぐに、あたしは、早川の部屋を後にする。
――あのままいたら、雰囲気に流されそうで怖かったから。
ちゃんと、考えて――答えが出るまでは、もう後悔するような事はしないと決めたんだから。
自分の行動一つで傷つく人がいる事を、忘れたくはなかった。
部屋に戻り、時計を見やれば既に十一時過ぎ。
大きく息を吐くと、そのままベッドに倒れ込む。
先輩に触れられた気持ち悪さは、早川のおかげで、だいぶ無くなった気がする。
でも――棘が抜ける事はない。
どうにかした宣言も、先輩に伝わる事はなく。
対峙すると決めたけれど――相手にもされていない。
そんな人に、何を伝えれば――あたしは、前に進めるんだろう……。
翌朝、土曜日。
ぼうっとした頭で辺りを見回し、一瞬考える。
まだ、大阪の自分の部屋だと認識するのに、時間がかかってしまう。
あたしは起き上がると、自分の姿を見下ろした。
あのまま寝てしまって、服は結構なシワができている。
大きくため息を吐くと、その場で脱ぎ捨て、洗濯機へと放り込んだ。
そして、そのままシャワ-を浴びる。
昨日の感触は、まだ残ってはいるけれど、やっぱり、早川のおかげで深い傷にならずに済んだ気がした。
それから、朝のルーティンを終え、ようやく休日という事を思い出すと、あたしは何気に、部屋の隅に置いたままのスーツケースを見やる。
今まで忙しすぎて、手に取る事もできなかった本たち。
現実逃避という訳でもないけれど――久し振りに読みたくなった。
あたしは、少しホコリがかかったスーツケースをさっと拭いて開けると、中から全部出して、テーブルの上に並べた。
――……やっぱり、順番に読むべきよね……。
そう思い、一番最初の作品を手に取る。
今日は、誰にも邪魔をされたくない。
あたしは、スマホをマナーモードにし、ページをめくり始めた。
しばらくして、インターフォンが鳴り響く。
本の世界に没頭していたあたしは、不本意ながら、現実世界に引き戻された。
立ち上がって画面を見やれば、早川が心配そうな表情で立っている。
あたしは、本にしおりを挟むと、ドアを開けた。
「――おはよう、早川」
「……はよ……って、もう、昼だぞ」
「え、あれ?」
言われて、外の日がかなり高い事に気がつく。
「――具合、悪いのか?」
「あ、ううん、久し振りに本読んでただけ」
昨日の今日で、早川に心配をかけるのはダメだ。
そう思って あたしは、慌てて首を振った。
すると、ホッとしたような表情で見下ろされる。
もう、既に心配をかけていたらしい。
早川は、気まずそうに尋ねてきた。
「――……そうか。……その……身体とか……大丈夫か?」
「うん……それは……。……アンタのおかげかもね」
「だから、勘違いするって」
「だって事実だもの」
あたしは、キッパリと言い切る。嘘ではないのだ。
「――で、どうかしたの?」
「いや、心配だっただけだ。……まあ、昼メシ誘いに来たってのもあるけどな」
「いいわよ、自分で作るから」
バッサリと断ると、早川は苦笑いでうなづいた。
「――ったく、お前は……」
「ちょっ……」
そして、そう言いながら玄関に入ってきたので、止めようとすると、早川は、少し興奮しながら聞いてきた。
「なあ、茉奈。持って来た本って、芦屋陽のヤツか?」
「え?ええ……」
あたしがうなづくと、早川はすぐに目を輝かせる。
「何冊かあるんだろ。借りてもいいか?」
一瞬、目を丸くするが、そう言えば、コイツも読むんだったと思い直す。
「――い、良いけど……どれ?”アンラッキー”シリーズで、好きなトコ選んで持って来たから、繋がってないわよ?」
「じゃあ、アレあるか。喫茶店でのヤツ」
早川が口にしたのは、シリーズ三作目。
喫茶店で出会った店員が隠し持つ秘密を、主人公が暴き、助けるというもの。
あたしも気に入っていたので、あるはずだ。
うなづくと、並べていたテーブルを見やる。
「ちょっと待って。持って来るから」
「――一緒に読んでもいいか?」
「え」
言うが遅い、早川はズカズカと部屋に上がり込んできた。
「――……もう!バカ崇也!」
あたしの抗議の声に、早川は一瞬止まり、笑顔を返した。
――あのままいたら、雰囲気に流されそうで怖かったから。
ちゃんと、考えて――答えが出るまでは、もう後悔するような事はしないと決めたんだから。
自分の行動一つで傷つく人がいる事を、忘れたくはなかった。
部屋に戻り、時計を見やれば既に十一時過ぎ。
大きく息を吐くと、そのままベッドに倒れ込む。
先輩に触れられた気持ち悪さは、早川のおかげで、だいぶ無くなった気がする。
でも――棘が抜ける事はない。
どうにかした宣言も、先輩に伝わる事はなく。
対峙すると決めたけれど――相手にもされていない。
そんな人に、何を伝えれば――あたしは、前に進めるんだろう……。
翌朝、土曜日。
ぼうっとした頭で辺りを見回し、一瞬考える。
まだ、大阪の自分の部屋だと認識するのに、時間がかかってしまう。
あたしは起き上がると、自分の姿を見下ろした。
あのまま寝てしまって、服は結構なシワができている。
大きくため息を吐くと、その場で脱ぎ捨て、洗濯機へと放り込んだ。
そして、そのままシャワ-を浴びる。
昨日の感触は、まだ残ってはいるけれど、やっぱり、早川のおかげで深い傷にならずに済んだ気がした。
それから、朝のルーティンを終え、ようやく休日という事を思い出すと、あたしは何気に、部屋の隅に置いたままのスーツケースを見やる。
今まで忙しすぎて、手に取る事もできなかった本たち。
現実逃避という訳でもないけれど――久し振りに読みたくなった。
あたしは、少しホコリがかかったスーツケースをさっと拭いて開けると、中から全部出して、テーブルの上に並べた。
――……やっぱり、順番に読むべきよね……。
そう思い、一番最初の作品を手に取る。
今日は、誰にも邪魔をされたくない。
あたしは、スマホをマナーモードにし、ページをめくり始めた。
しばらくして、インターフォンが鳴り響く。
本の世界に没頭していたあたしは、不本意ながら、現実世界に引き戻された。
立ち上がって画面を見やれば、早川が心配そうな表情で立っている。
あたしは、本にしおりを挟むと、ドアを開けた。
「――おはよう、早川」
「……はよ……って、もう、昼だぞ」
「え、あれ?」
言われて、外の日がかなり高い事に気がつく。
「――具合、悪いのか?」
「あ、ううん、久し振りに本読んでただけ」
昨日の今日で、早川に心配をかけるのはダメだ。
そう思って あたしは、慌てて首を振った。
すると、ホッとしたような表情で見下ろされる。
もう、既に心配をかけていたらしい。
早川は、気まずそうに尋ねてきた。
「――……そうか。……その……身体とか……大丈夫か?」
「うん……それは……。……アンタのおかげかもね」
「だから、勘違いするって」
「だって事実だもの」
あたしは、キッパリと言い切る。嘘ではないのだ。
「――で、どうかしたの?」
「いや、心配だっただけだ。……まあ、昼メシ誘いに来たってのもあるけどな」
「いいわよ、自分で作るから」
バッサリと断ると、早川は苦笑いでうなづいた。
「――ったく、お前は……」
「ちょっ……」
そして、そう言いながら玄関に入ってきたので、止めようとすると、早川は、少し興奮しながら聞いてきた。
「なあ、茉奈。持って来た本って、芦屋陽のヤツか?」
「え?ええ……」
あたしがうなづくと、早川はすぐに目を輝かせる。
「何冊かあるんだろ。借りてもいいか?」
一瞬、目を丸くするが、そう言えば、コイツも読むんだったと思い直す。
「――い、良いけど……どれ?”アンラッキー”シリーズで、好きなトコ選んで持って来たから、繋がってないわよ?」
「じゃあ、アレあるか。喫茶店でのヤツ」
早川が口にしたのは、シリーズ三作目。
喫茶店で出会った店員が隠し持つ秘密を、主人公が暴き、助けるというもの。
あたしも気に入っていたので、あるはずだ。
うなづくと、並べていたテーブルを見やる。
「ちょっと待って。持って来るから」
「――一緒に読んでもいいか?」
「え」
言うが遅い、早川はズカズカと部屋に上がり込んできた。
「――……もう!バカ崇也!」
あたしの抗議の声に、早川は一瞬止まり、笑顔を返した。