Runaway Love
「いや、だから、この時は――」

「え、違うでしょ、彼女の方が……」

 結局、昼食を一緒に作って食べ、そのまま読書に移行すると思ったが、食後の討論の内容が思った以上にヒートアップしてしまった。
 ”アンラッキー”シリーズでは、結構、ぼかしているところも多く、それをファンの間であれこれ推測するのが定番なのだが、コイツも例外ではなかったようだ。
 お互いに一歩も譲らず、約三時間。
 淹れたコーヒーも冷めきってしまうほどに闘い、ようやく落としどころを見つけたあたりで、喉を潤した。
「……文学少年ってのは、ホントだったようね」
「お前も、ファンというか、かなりコアな方だろ」
 お互い、ほう、と、息を吐くと苦笑い。
 久し振りに、こんなに話した気がする。
「ああ、悪い、もう夕方か。予定あったのか?」
 早川は立ち上がると、飲み終えたカップを二人分持った。
「無い……っていうか、読書が予定だったのよ」
 あたしも立ち上がり、シンクに先回りして洗い物を始める。
「――まあ、別に良いんだけど。……楽しいし……」
 素直にそう言うと、早川は目を丸くする。
 そして、次にはあたしの耳元で囁いた。
「――結婚すれば、これが日常だぞ?」
「……何よ、その殺し文句」
 あたしは、苦笑いで顔を上げると、軽くキスを落とされる。
「やっぱ、新婚みてぇ」
「――うるさい、崇也」
 反撃しようとするが、それは、深いキスで塞がれた。
 スポンジが、手から滑り落ちるが、取る事はできない。
 頤を取られ、口腔内をむさぼられる。
 唾液が混じる。耳に、いやらしく音が届く。
 それだけで、身体中が反応してしまう。
「――はぁ……っ……」
 早川は、少しだけ唇を離すと、あたしの首筋に吸い付く。
「あ、バカッ……」
 キスマークがつきそうなくらいの強さに、あたしはギクリとしてしまう。
「――俺のものって印、つけていいか」
「……バカ言わないでよ」
 あきれたように返すが、視線を捕らえられた瞬間、認識を変えた。

 ――()の色が、違う。

「は、早川」
「――……あんな男に奪われるくらいなら、俺が奪っても良いよな」
「早川っ……!」
 見つめ合ったまま、手首を掴まれ、身動きが取れない。
 
 ――あたし、何を安心していたんだ。

 ――早川だって、男なのに。

 ――……あたしを好きだと言って――プロポーズまでしている”男”。

 そう気づいた途端、涙がこぼれた。
 早川は、瞬間、我に返ったように手を離す。
 そして、あたしに背を向けた。
「――……悪ぃ……。――昨日の今日なのに……」
「……早川」
「……頭冷やすわ」
 早川はそう言って、あたしをそのままに、部屋を出て行った。
 見送るその姿は、涙で滲んで、歪んでいた。
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