Runaway Love
あたしがマニュアルにかかりきりになっていたせいか、新人二人の仕事の進み具合が少々滞ってきてしまった。
「杉崎主任、ひとまず、マニュアル関係は終了しましょう。あと二週間、新人教育に専念してください」
「わかりました」
古川主任にそう言われ、あたしも同意する。
本来の目的は、教育係なのだから。
あたしは、新人二人の後ろに行き、どこでつっかえっているのか確認。
ちょうどできたばかりのマニュアルを使いながら、説明する。
「――ありがとうございます。今度、コレ見てやってみます」
そう、大田原さんがニッコリと笑顔で返す。
彼女も、外山さんのような癒し系のようだ。
「そう、お願いね」
あたしも、つられて笑顔になる。
「あの、杉崎主任、ここの数字って……」
すると、高橋さんが隣から伝票を持って、あたしに尋ねてきたので、それを詳しく説明すると、ホッとしたようにうなづいた。
そんな事を繰り返し、業務は終了。
久し振りに定時に上がれそうなので、あたしは、古川主任に視線を向けた。
「――今日は、これで上がっても大丈夫でしょうか」
「――ええ、早く帰れそうな時は、早く帰ってください」
何となく、何も起きないうちにさっさと帰れ、と言われているようで、苦笑いが浮かんだ。
道中、必要以上にキョロキョロしている自覚はあったが、仕方ない。
また不意打ちで先輩が現れたら――今度こそ、無事では済まないような気がしたから。
あたしは、マンションの玄関を入ると、すぐに二階へ駆け上がる。
そして、部屋に入り、鍵をかけると、大きく息を吐いた。
――良かった……会わなかった……。
無意識に力が入っていたようで、全身の力が、ふっ、と、抜けた。
そのまま、上がり框に座り込んで、顔を伏せる。
――あと二週間。
帰ったら、実家の様子を見に行こう。
もし、先輩が何かしていたら、あたしが何とかしなきゃ。
――元々は、あたしのせいのようなものなんだから。
これから産まれてくる子供のためにも、奈津美や照行くんに負担をかけたくない。
母さんだって、もう、充分すぎるほどに苦しんだ。
――……ねえ、父さん。
――……あたしが、父さんの代わりに、二人を守るから。
不意に思い出すのは――納棺の時の、記憶の中とは全然違う父さんの姿。
後ろで泣き崩れる奈津美と、放心状態の母さんを見やると、あたしは真っ直ぐに父さんの穏やかな顔を見つめ、そう決意を新たにした。
これまで、大して顔を合わせる事も無かったけれど――それでも、ほんの少しの思い出は遺してくれた。
そして、いつだったか、内緒話をするように、あたしに告げたのだ。
――茉奈、父さんはあんまり家にいる事ができないから、母さんと奈津美の事、頼んでいいか?
――うん。
――茉奈はしっかりしてるから、父さんも安心して仕事ができる。
そう言って、苦笑いしながら、あたしの頭を軽くたたく。
そして、父さんは続けた。
――でもな、お前が苦しいと思ったら、迷わず助けを求めるんだ。
――あたし、大丈夫だよ。ちゃんと、二人の事守るから。
子供扱いをされているようで、意地になって首を振ると、父さんは眉を下げて微笑んだ。
――茉奈、困った時に、助けてほしい、って言うのは、恥ずかしい事じゃない。お前を大事に思ってくれる人達にとっては、何も言わずに苦しそうにしているお前を見ている方が、辛いんだから。
その時のあたしには、父さんの言葉を素直に受け取る事ができなかった。
――でも、今なら、わかる。
大丈夫。
あたしは――もう、間違えない。
「杉崎主任、ひとまず、マニュアル関係は終了しましょう。あと二週間、新人教育に専念してください」
「わかりました」
古川主任にそう言われ、あたしも同意する。
本来の目的は、教育係なのだから。
あたしは、新人二人の後ろに行き、どこでつっかえっているのか確認。
ちょうどできたばかりのマニュアルを使いながら、説明する。
「――ありがとうございます。今度、コレ見てやってみます」
そう、大田原さんがニッコリと笑顔で返す。
彼女も、外山さんのような癒し系のようだ。
「そう、お願いね」
あたしも、つられて笑顔になる。
「あの、杉崎主任、ここの数字って……」
すると、高橋さんが隣から伝票を持って、あたしに尋ねてきたので、それを詳しく説明すると、ホッとしたようにうなづいた。
そんな事を繰り返し、業務は終了。
久し振りに定時に上がれそうなので、あたしは、古川主任に視線を向けた。
「――今日は、これで上がっても大丈夫でしょうか」
「――ええ、早く帰れそうな時は、早く帰ってください」
何となく、何も起きないうちにさっさと帰れ、と言われているようで、苦笑いが浮かんだ。
道中、必要以上にキョロキョロしている自覚はあったが、仕方ない。
また不意打ちで先輩が現れたら――今度こそ、無事では済まないような気がしたから。
あたしは、マンションの玄関を入ると、すぐに二階へ駆け上がる。
そして、部屋に入り、鍵をかけると、大きく息を吐いた。
――良かった……会わなかった……。
無意識に力が入っていたようで、全身の力が、ふっ、と、抜けた。
そのまま、上がり框に座り込んで、顔を伏せる。
――あと二週間。
帰ったら、実家の様子を見に行こう。
もし、先輩が何かしていたら、あたしが何とかしなきゃ。
――元々は、あたしのせいのようなものなんだから。
これから産まれてくる子供のためにも、奈津美や照行くんに負担をかけたくない。
母さんだって、もう、充分すぎるほどに苦しんだ。
――……ねえ、父さん。
――……あたしが、父さんの代わりに、二人を守るから。
不意に思い出すのは――納棺の時の、記憶の中とは全然違う父さんの姿。
後ろで泣き崩れる奈津美と、放心状態の母さんを見やると、あたしは真っ直ぐに父さんの穏やかな顔を見つめ、そう決意を新たにした。
これまで、大して顔を合わせる事も無かったけれど――それでも、ほんの少しの思い出は遺してくれた。
そして、いつだったか、内緒話をするように、あたしに告げたのだ。
――茉奈、父さんはあんまり家にいる事ができないから、母さんと奈津美の事、頼んでいいか?
――うん。
――茉奈はしっかりしてるから、父さんも安心して仕事ができる。
そう言って、苦笑いしながら、あたしの頭を軽くたたく。
そして、父さんは続けた。
――でもな、お前が苦しいと思ったら、迷わず助けを求めるんだ。
――あたし、大丈夫だよ。ちゃんと、二人の事守るから。
子供扱いをされているようで、意地になって首を振ると、父さんは眉を下げて微笑んだ。
――茉奈、困った時に、助けてほしい、って言うのは、恥ずかしい事じゃない。お前を大事に思ってくれる人達にとっては、何も言わずに苦しそうにしているお前を見ている方が、辛いんだから。
その時のあたしには、父さんの言葉を素直に受け取る事ができなかった。
――でも、今なら、わかる。
大丈夫。
あたしは――もう、間違えない。