Runaway Love
 ひと通り終え、テーブルに皿を並べていると、不意にインターフォンが鳴る。
 あたしは、画面を見やり、一瞬戸惑ってしまった。
 だが、深呼吸して通話にする。
「――お疲れ様。今週もあちこち行ってたみたいね」
『――……入っていいか』
 気まずそうに言う早川にうなづくと、あたしは玄関のドアを開けた。
 すると、目の前にスイーツ店の袋が差し出される。
「……え?」
「……こ……この前の詫び代わり……」
「……この前?」
 キョトンとするあたしを見て、早川は大きく息を吐きうなだれる。
「……お……前なぁっ……!こっちは、散々罪悪感と戦って、ようやく決心して来たってのにっ……!」
 そこまで言われ、ようやく、この前泣き出してしまった事を思い出した。
「別に……アンタが気に病む事じゃないでしょ」
「俺が泣かせたんだろ」
「でも」
「ああ、もう、いいから受け取れ!」
 押し付けるように袋を渡すと、早川は背を向けた。
 あたしは、両手でそれを抱えると、顔を上げる。
「早川?」
「――帰る。……また、同じ事繰り返したくねぇ」
 その言葉を、素直にうれしく思った。
 ――大事に想われてる。
 それは、以前から、ずっと感じていた事。

「……うん。……ありがと、崇也」

 いつの間にか、名前で呼ぶ方が自然に感じてしまい、あたしは思わず顔を伏せた。
「――バカ、煽るな」
「気のせいよ」
「……ったく。じゃあな」
 顔を上げれば、苦笑いしている早川。
 でも、それは、困っている風ではなく。
「……うん。……じゃあね」
 そう返せば、あっさりと部屋を後にした。

 少し冷めかけた夕飯を食べ終え、冷蔵庫から、早川がくれたスイーツの袋を取り出して開ける。
 中には、クリームたっぷりの小さなロールケーキが二切れ。その上には鮮やかなフルーツが乗っている。

「……かわいい……」

 あたしには可愛すぎるその見目に、しばし見とれる。
 ああ、こういう時、スマホで写真を撮るのか。
 我に返り、恐る恐るテーブルに置くと、スマホのカメラを起動する。
 ああでもない、こうでもない、と、悩みながら、二枚ほどの写真を撮って、保存。
 ようやく皿に移すと、一個だけ食べる事にした。
 この時間、いくら小さくても、二つはさすがにダメだ。
 視界に入った腹部を見やると、無意識にため息をつく。
 けれど、誘惑負けてしまい、結局、二つともあっさりと胃の中に収まってしまったのだった。

 一応、お礼を、と、早川にメッセージを送ると、すぐに着信になった。
『何だ、二つ食ったのか?』
「だ、だって、美味しくて……」
 言い訳するように返すが、そもそも、買って来たのは、早川だろう。
「でも、一個で終わろうと思ったのよ⁉」
『別に責めてねぇよ。美味いと思って食ったなら、それが一番だろ』
「……うん。……ああ、でも、きっと太る……お腹の肉がヤバイ……」
 ほとんどひとり言になってしまったが、早川は吹き出す。
『だから、俺は気にしねぇって』
「別に、アンタに見せるつもりは無いわよ」
『――何だ、残念』
 一瞬だけ声のトーンが変わり、あたしは、ドキリとする。
『……なあ、あれから、何も無いか?』
「え?」
 不意打ちになった質問に、あたしは聞き返す。
『……山本……』
 もう既に、呼び捨てになっている。
 あたしは苦笑いで返した。
「――ありがと。……あのさ、もう、アンタはこの件から離れて」
『――何言ってんだ』
「……あたしの問題なの。……今まで、見ないようにしてきた……あたしの中の――……」
『……茉奈?』
 以前(まえ)に、早川に言われた言葉を思い出す。

 ――話したいと思った時に――。

 今なら――話せると思った。
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