Runaway Love
77
「――あたし、高校の時、山本先輩の言葉に……すごく、傷ついた事があってさ……」
ポツリと切り出した言葉に、何かを言いたげにしていた早川は、口を閉じてあたしの言葉を待った。
「……まあ、前に早川も会ったでしょ?あの人も、あたしの妹目当てだったんだけど――そのために、あたしを利用しようとしてさ……」
口にすれば、昔の記憶は、鮮やかすぎるほどによみがえって、胸の奥の棘はどんどん深く刺さっていく。
――もしかしたら、いずれ、貫かれるのかもしれない。
「……で、久しぶりに会ったら、また、妹に会わせろとか言い出して……今、あの子、結婚して妊娠してるし、そもそも、あんな人に会わせたくはなかったから、断ったんだけど……なら、あたしが相手しろって」
『――それで、あんな風に強硬手段に出たのか』
怒りをこらえているのか、早川の声は、少しだけ震えていた。
あたしは、かすかに口元を上げた。
「……あの人にとっては、自分が思った通りになるのが普通なの。だから、断ったあたしが、許せないんでしょう」
『……何だよ、そりゃ……。ガキでも、まだ、聞き分けいいぞ』
「ええ、そうね。でも、もう、アンタは首突っ込まなくて良いから」
一瞬だけ、沈黙。
けれど、すぐにため息が聞こえた。
『――電話じゃ埒が明かねぇ。そっち行く』
そう言って、電話を切り、数分もしないうちにインターフォンが鳴る。
あたしは、ドアを開けると早川を見上げた。
「……心配しなくても大丈夫よ」
「だから、お前の大丈夫はあてにならねぇって」
早川は苦笑いするが、すぐに表情を戻した。
「――どうするつもりだ」
「……まあ、一度は向き合わなきゃいけないと思ってたから……」
「この前みたいになったら、どうするんだよ。……俺は、もう、カードが無ぇ」
あたしは、ゆっくりと首を振る。
これ以上、早川ができる事が無いのはわかっている。
それは、同じ会社にいる以上――無理なんだから。
先輩は、ズルいし、傲慢だけど、バカではない。
きちんと逃げ道を作った上で、あたしに交渉を持ちかけているんだ。
「ちゃんと、面と向かって話す。――もう、時間も無いから」
「――え?」
もう、いつ、先輩が店に来て、奈津美に何をするか、わからないのだ。
――これで、お腹の子に影響があったなんていったら、あたしは、一生後悔する。
「……茉奈」
あたしは、戸惑う早川を真っ直ぐに見上げて言った。
「――……やっぱり、辞めるわ、会社」
それなら、みんなに迷惑をかける事も無い。
――先輩が盾にしようとするものは、無くせば良いんだ。
気づいてしまえば、簡単な事。
こんな風になるなら――最初から、しがみつかなければ良かった。
そうすれば、野口くんを傷つける事も、早川を苦しめる事も無くて。
あたしは、あたしでいられた。
「――……ごめん……早川……。……だから、さ……あたしよりも、ずっと良い女性なんて、いくらでもいるから……」
「茉奈!」
それ以上聞きたくないと言うように、唇が塞がれる。
――ああ、ホント、勝手ね。
――どうして、あたしの意思を曲げようとするのよ。
「――俺も、一緒に考えるから……。……お前が、家族を大事に思うのと同じように、俺だって、お前が大事なんだから……」
早川は、そう言って、あたしを抱き締める。
その温もりは、心地よくて――だからこそ、離さなければならない。
あたしは、無理矢理早川との間に手を入れ、身体を離す。
「茉奈」
「……ありがとう。――……あたしも、アンタは大事だわ」
「茉奈……!」
「――……だから……ごめんなさい」
涙は見せない。
この選択を、間違ったものだと思いたくないから。
すると、早川は再びあたしを引き寄せる。
今度は、抗えないような強い力で。
ポツリと切り出した言葉に、何かを言いたげにしていた早川は、口を閉じてあたしの言葉を待った。
「……まあ、前に早川も会ったでしょ?あの人も、あたしの妹目当てだったんだけど――そのために、あたしを利用しようとしてさ……」
口にすれば、昔の記憶は、鮮やかすぎるほどによみがえって、胸の奥の棘はどんどん深く刺さっていく。
――もしかしたら、いずれ、貫かれるのかもしれない。
「……で、久しぶりに会ったら、また、妹に会わせろとか言い出して……今、あの子、結婚して妊娠してるし、そもそも、あんな人に会わせたくはなかったから、断ったんだけど……なら、あたしが相手しろって」
『――それで、あんな風に強硬手段に出たのか』
怒りをこらえているのか、早川の声は、少しだけ震えていた。
あたしは、かすかに口元を上げた。
「……あの人にとっては、自分が思った通りになるのが普通なの。だから、断ったあたしが、許せないんでしょう」
『……何だよ、そりゃ……。ガキでも、まだ、聞き分けいいぞ』
「ええ、そうね。でも、もう、アンタは首突っ込まなくて良いから」
一瞬だけ、沈黙。
けれど、すぐにため息が聞こえた。
『――電話じゃ埒が明かねぇ。そっち行く』
そう言って、電話を切り、数分もしないうちにインターフォンが鳴る。
あたしは、ドアを開けると早川を見上げた。
「……心配しなくても大丈夫よ」
「だから、お前の大丈夫はあてにならねぇって」
早川は苦笑いするが、すぐに表情を戻した。
「――どうするつもりだ」
「……まあ、一度は向き合わなきゃいけないと思ってたから……」
「この前みたいになったら、どうするんだよ。……俺は、もう、カードが無ぇ」
あたしは、ゆっくりと首を振る。
これ以上、早川ができる事が無いのはわかっている。
それは、同じ会社にいる以上――無理なんだから。
先輩は、ズルいし、傲慢だけど、バカではない。
きちんと逃げ道を作った上で、あたしに交渉を持ちかけているんだ。
「ちゃんと、面と向かって話す。――もう、時間も無いから」
「――え?」
もう、いつ、先輩が店に来て、奈津美に何をするか、わからないのだ。
――これで、お腹の子に影響があったなんていったら、あたしは、一生後悔する。
「……茉奈」
あたしは、戸惑う早川を真っ直ぐに見上げて言った。
「――……やっぱり、辞めるわ、会社」
それなら、みんなに迷惑をかける事も無い。
――先輩が盾にしようとするものは、無くせば良いんだ。
気づいてしまえば、簡単な事。
こんな風になるなら――最初から、しがみつかなければ良かった。
そうすれば、野口くんを傷つける事も、早川を苦しめる事も無くて。
あたしは、あたしでいられた。
「――……ごめん……早川……。……だから、さ……あたしよりも、ずっと良い女性なんて、いくらでもいるから……」
「茉奈!」
それ以上聞きたくないと言うように、唇が塞がれる。
――ああ、ホント、勝手ね。
――どうして、あたしの意思を曲げようとするのよ。
「――俺も、一緒に考えるから……。……お前が、家族を大事に思うのと同じように、俺だって、お前が大事なんだから……」
早川は、そう言って、あたしを抱き締める。
その温もりは、心地よくて――だからこそ、離さなければならない。
あたしは、無理矢理早川との間に手を入れ、身体を離す。
「茉奈」
「……ありがとう。――……あたしも、アンタは大事だわ」
「茉奈……!」
「――……だから……ごめんなさい」
涙は見せない。
この選択を、間違ったものだと思いたくないから。
すると、早川は再びあたしを引き寄せる。
今度は、抗えないような強い力で。