Runaway Love
 いよいよ最終週。
 あたしは、新人二人に月末締めのやり方を詳しく説明する。
 だが、先日作ったマニュアルに、ほぼすべて書いておいたので、それを見ながらの説明になる。
 さっそく効果を実感だ。

「杉崎主任」

 すると、古川主任に呼ばれ、あたしは彼のデスクのそばに向かう。
「何でしょうか」
「大阪工場の正式な稼働日が公表されました。――来年三月一日だそうです」
「――そうですか」
「それで、工場関係の社員募集がかかっているのですが、随時採用で、本社の中央工場に研修がてら派遣されるそうです。この場合、白衣などの必要なものは、こちらで経費計上でしょうか」
 あたしは、古川主任の手元の書類を見やる。
 既に数十枚の履歴書と、付属されたメモ等があるが、なかなかの量だ。
「それは、一旦、本社の総務に確認してください。人事から指示が出ているかもしれないので」
「そうですか。それと――」
 彼も、工場関係は初めてなので、質問が次から次へと出てくるが、どうにか答えられたので一安心だ。

「じゃあ、今週末の式典後に鍵をもらい受けますので」

「――ハイ」

 淡々と業務連絡が交わされる中、そう告げられ、あたしは一瞬だけ、さみしさを覚える。
 何だかんだあったが、嫌ではなかった。
 自分がどう見られているか、思わぬ意見も聞けたし、いろいろと見識も広がったと思う。
 成長できたといえば、できたのだろう。

 ――これで、思い残す事無く、辞められるかしら。

「杉崎主任、聞いても良いですか?」
「ええ、大丈夫よ。どうしたの」

 高橋さんが声をかけてきたので、そこで思考はストップ。

 ――忙しいけれど、穏やかな日々。

 大阪支社(ここ)での仕事は、最後にそう感じる事ができた。


 いよいよ、大阪支社の開業式典。
 一応、ホテルの大広間が会場になっていた。
 あたしは、社員が集まっている場所の片隅に、こっそりと埋まるように立っている。

「――杉崎」

 すると、いつもよりも少しだけ良いスーツに身を包んだ早川が、女性社員の視線を受けながら、あたしのそばにやって来た。
「……コレ、何時間コース……?」
「……まあ、あきらめろ」
 苦笑いしながら、当然のように、隣に立った。
 そして、少しして、社長の挨拶から始まり、関係者の挨拶。
 お昼も兼ねている立食パーティーの形を取っていたので、歓談が始まると、各自思い思いの場所に移動していた。
 テーブルの向こうに社長の姿が見えたが、一社員が軽々しく挨拶できるはずもなく。
 様々な取引先のお偉いさん方が囲む中、ニコニコと笑う社長に、あたしは、心の中で感謝した。

 ――ありがとうございました。

 こんなあたしを、引き留めてくれて。

 ――だからこそ、もう、これ以上の迷惑はかけられないんです。

 その言葉を、直接社長に言う機会は無かったけれど――それで良かった。
 あたしは、あくまで一社員。
 例え、辞めたとしても、仕事は誰かが確実に引き継いでくれる。
 それが、会社というものなんだから。

 あたしは、式典終了後の片付けを簡単に手伝うと、撤収作業をしていた古川主任に声をかけた。
「――お疲れ様です」
「お世話になりました。これ、部屋の鍵です」
「確かに」
 彼は、あたしが手渡した鍵を受け取ると、ギュッと握りしめた。
「……古川主任?」
「――……あまり、思いつめるのはやめてください」
「え?」
「……まだ、あなたにはやるべき事があるのでは」
 似たもの同士という彼には、やはり、あたしの思考が読めるのか。
「――……ありがとうございます。……善処します」
 あたしは、苦笑いで返すと、頭を下げる。

「――……一か月、ありがとうございました。……お元気で」

「……あなたも」

 お互いにそれだけ言い、あたしは、会場を後にした。
 これから、ロッカーに預けた荷物を持って、ホテルに直行だ。
「杉崎」
 すると、早川が前からやって来る。
 既に手にはスーツケースがあった。
「早いわね」
「――早いトコ逃げねぇと、お偉いさんに捕まるだろ」
 あたしは、苦笑いでうなづく。
「どうせ同じホテルだろ。一緒にタクシー使おうぜ」
「……そうね」
 あたしは、未だ撤収作業中の会場を振り返り、そして、うなづいた。

 これで、あたしの大阪出向は終了。

 ――いよいよ、本社に帰る日が来るのだ。
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