Runaway Love
スマホをバッグに片付けると、部屋のドアがノックされる。
あたしは、ゆるゆると立ち上がってドアスコープをのぞき込むと、早川の姿。
そのまま開けると、早川は笑ってあたしの髪を撫でる。
思わず目を閉じてしまうが、すぐに見上げた。
「……何」
「寝てたのかよ。髪、ボサボサだぞ」
「え」
あたしは、慌てて自分の髪を撫でつける。
そして、ごまかすように尋ねた。
「――で、どうかしたの」
「ああ、夕飯、食いに行かねぇ?」
あたしは、一瞬迷う。
だが、早川は畳み掛けるように言った。
「今日でこっちも最後だろ。せっかく、滅多に来ねぇトコ来てんだし」
その言葉には、同感だ。
――もう、来る事も無いところだろうから。
「……まあ、それもそうね……」
「で、ここ、最上階レストランなんだと。予約入れられそうだって聞いたんだが、どうだ?」
「――……え」
あたしは、思わずたじろいでしまう。
免疫の無いような、良いホテルの最上階のレストランで夕食なんて――どんなシチュエーションか、考えたくない。
だが、まず、経験しないようなそれに、心は傾く。
興味が無い訳ではないのだから。
「茉奈?」
「――あ、でも、そういうの、ドレスコードとかってあるんじゃ……」
あたしは、自分が着ている服を見下ろす。
今日の式典では、何とかごまかせるコーディネートに落ち着いたが、正式なものではない。
「大丈夫だろ。そこまで敷居が高いトコじゃねぇ」
「でも……」
万が一、入り口で後悔するような状況になるのは嫌なのに。
すると、早川は少し考え、あたしに言った。
「――じゃあ、買うか」
「……へ?」
あたしは、キョトンとしたまま、かなりマヌケな顔で、早川を見上げた。
「――ね、ねえ!やめよう!いらないから!」
「でも、気になるんだろ?」
「だからって、アンタに買ってもらう筋合いは無い!」
すれ違う人達が思わず振り返るような大きさの声で、あたしは何とか早川を制止しようとするが、止まってくれない。
複合施設の中をズンズンと、あたしの手を引いて進む早川は、上機嫌で振り返る。
「良いだろ。俺が買ってやりてぇだけなんだから、あきらめろ」
「あきらめられる訳無いでしょうが!」
どうにか止まろうとするが、それより先に、早川は足を止めた。
ホッとしたのも束の間、目の前には、高そうな服が並んでいるショップ。
店頭のショウケースには、アクセサリーまで置いてあった。
そこへと、何ら躊躇する事も無く、早川は入って行く。
「早川!」
「試着だけでもしてみろよ」
「だからっ……!」
「俺が見てぇんだって」
そう言って、入り口で粘るあたしの手をあっさりと引き、早川は店員に声をかけた。
「ホテルで食事なんですけど、結構ランク上なんで、服良さそうなヤツ見繕ってもらえますかね」
トップ営業の実力を、ここぞとばかりに発揮するな。
見目の良い姿で、愛想よくそんな事を言われた店員は、一瞬見とれた表情を浮かべ、すぐに笑顔でうなづいた。
「お連れ様、お借りしてよろしいので?」
「ええ、お願いします」
あたしを置き去りに話は進んでいき、あっという間に、試着室で着せ替え人形のような状況になってしまった。
――ああ、もう、何よ、コレ!!
あたしの意思を無視するな!
今まで縁の無かった上等な服に、緊張に緊張が重なる。
だが、思った以上に着易くて、肌触りも段違いだ。
ほんの少しだけ、前に早川が言っていた事がわかってしまいそうで、思わず苦る。
「――終わりましたでしょうか?」
試着室の外から弾む声で尋ねられ、あたしは、あきらめて、差し出された服を着たのだった。
あたしは、ゆるゆると立ち上がってドアスコープをのぞき込むと、早川の姿。
そのまま開けると、早川は笑ってあたしの髪を撫でる。
思わず目を閉じてしまうが、すぐに見上げた。
「……何」
「寝てたのかよ。髪、ボサボサだぞ」
「え」
あたしは、慌てて自分の髪を撫でつける。
そして、ごまかすように尋ねた。
「――で、どうかしたの」
「ああ、夕飯、食いに行かねぇ?」
あたしは、一瞬迷う。
だが、早川は畳み掛けるように言った。
「今日でこっちも最後だろ。せっかく、滅多に来ねぇトコ来てんだし」
その言葉には、同感だ。
――もう、来る事も無いところだろうから。
「……まあ、それもそうね……」
「で、ここ、最上階レストランなんだと。予約入れられそうだって聞いたんだが、どうだ?」
「――……え」
あたしは、思わずたじろいでしまう。
免疫の無いような、良いホテルの最上階のレストランで夕食なんて――どんなシチュエーションか、考えたくない。
だが、まず、経験しないようなそれに、心は傾く。
興味が無い訳ではないのだから。
「茉奈?」
「――あ、でも、そういうの、ドレスコードとかってあるんじゃ……」
あたしは、自分が着ている服を見下ろす。
今日の式典では、何とかごまかせるコーディネートに落ち着いたが、正式なものではない。
「大丈夫だろ。そこまで敷居が高いトコじゃねぇ」
「でも……」
万が一、入り口で後悔するような状況になるのは嫌なのに。
すると、早川は少し考え、あたしに言った。
「――じゃあ、買うか」
「……へ?」
あたしは、キョトンとしたまま、かなりマヌケな顔で、早川を見上げた。
「――ね、ねえ!やめよう!いらないから!」
「でも、気になるんだろ?」
「だからって、アンタに買ってもらう筋合いは無い!」
すれ違う人達が思わず振り返るような大きさの声で、あたしは何とか早川を制止しようとするが、止まってくれない。
複合施設の中をズンズンと、あたしの手を引いて進む早川は、上機嫌で振り返る。
「良いだろ。俺が買ってやりてぇだけなんだから、あきらめろ」
「あきらめられる訳無いでしょうが!」
どうにか止まろうとするが、それより先に、早川は足を止めた。
ホッとしたのも束の間、目の前には、高そうな服が並んでいるショップ。
店頭のショウケースには、アクセサリーまで置いてあった。
そこへと、何ら躊躇する事も無く、早川は入って行く。
「早川!」
「試着だけでもしてみろよ」
「だからっ……!」
「俺が見てぇんだって」
そう言って、入り口で粘るあたしの手をあっさりと引き、早川は店員に声をかけた。
「ホテルで食事なんですけど、結構ランク上なんで、服良さそうなヤツ見繕ってもらえますかね」
トップ営業の実力を、ここぞとばかりに発揮するな。
見目の良い姿で、愛想よくそんな事を言われた店員は、一瞬見とれた表情を浮かべ、すぐに笑顔でうなづいた。
「お連れ様、お借りしてよろしいので?」
「ええ、お願いします」
あたしを置き去りに話は進んでいき、あっという間に、試着室で着せ替え人形のような状況になってしまった。
――ああ、もう、何よ、コレ!!
あたしの意思を無視するな!
今まで縁の無かった上等な服に、緊張に緊張が重なる。
だが、思った以上に着易くて、肌触りも段違いだ。
ほんの少しだけ、前に早川が言っていた事がわかってしまいそうで、思わず苦る。
「――終わりましたでしょうか?」
試着室の外から弾む声で尋ねられ、あたしは、あきらめて、差し出された服を着たのだった。